「シライシサン……? 僕、新しく入ったんで知らないっす」と茶髪のバイトスタッフが冷ややかに答えた。
「じゃあ、この子は」喜美子はスマホの画面に写した少女をバイトの青年に突きつけたが「いや、知らないっすね」という返答だけだった。
喜美子は、カウンターに腰掛け、しばらく美結を待つことにした。美結が来る確信はないし、酒を楽しむ浮力もなかった。客たちは、アルコールに塗れている。好きで終電までわちゃわちゃしてるんじゃないんだ、迫る明日の足音に打ち勝つために励まし合っているんだ、と。
いいや、本当は自傷行為とたいして変わらない。不健康になって仕事に敢えて支障を来す。自分も同じ気分なのかもしれない、と喜美子は思った。明日はもう隣にいる。軽めのカクテルを注文すると、青年はだらだらとボトルを探し、目当てのものを手に取り、びちゃびちゃとグラスに注いで大きくステアした。
店内の照度は以前より三倍ほど明るくなっており、それに応じるように客層は居酒屋で騒ぐ類に刷新されてしまっていた。いよいよここも「新宿」に侵食されたのだ。酸味の強いフードのにおいとタバコの臭い、そこに混じった人間の呼気が、イタリア製生地のスーツに浸み込んでいった。
時間は高い粘度で一向に進まない。出された酒は口に合わず、酔いにも頼れない。仕方なしに若者を真似てスマートフォンを取り出し、件の醜聞に対する反応を検索すると代弁者たちは怒りをあらわにしていた。なんて地獄だ。
《あのベビーフェイスの裏側に、本性が隠れていた》のゴシップ記事。《裏切られた!! 今まで貢いできた金ぜんぶ返してほしい。マジできもい》と、批判する者。
《これ、違う人だよ!! りゅうくんがそんなことするはずない!!》《は!? 女が嵌めたんだろ、ふざけんな!! 無理やりやられたんだろ、ゴウカンじゃん!!》と、妄信する強者もいた。《これってまさか……今ごろ牢屋に入ってるんじゃ……?》と、タイムラインに流れてくる記事リンクを無心でタップする。