バースデーソングは歌えない。
4 幻想 〜美結〜
もっと時間にゆとりがあれば、システムキッチンの前に立ち、美結の大好きなハンバーグを振る舞えるのに、と残念がる。せめて美味いものを食べさせてやろうと、フード配達サービスには自分のクレジットカードを結び付け、いつでも自由に注文できる状態にしてやった。キッチン下のゴミ箱に捨てられた白いビニール袋の結び目をわざわざ解き、中にある空の容器をチェックするのが一つの楽しみになっていた。
二人の関係―歳の離れた姉妹的関係は、一人っ子の喜美子にとって憧れだった。どちらかが挫けたとき、損得を考える間もなく助けに行く関係の萌芽ではないか。しかし、喜美子が美結に対して抱く感情は、既存の言語でパッケージできるほど単純なものではなかった。
チェックのミニスカートから伸びる瑞々しい脚、その剥き出しの細い脚を一瞥すると、胸の内に戸惑いが生じる。つややかな少女の髪の毛。彼女に宿る〈少女性〉が視覚を刺激する。この子は未だ「男」を知らないと信じ切りたい。
〈少女〉と〈処女〉。はて、処女である自分は〈少女〉か? 肌の弾力は失われ、髪のうねりも強くなってきているし、チーズのような皮脂の臭いも抑えが効かなくなってきているのに?
この子は、真面目な人生を歩んできた自分なんかよりも、よっぽど生命力に溢れている。その生命力を奪うのは、やはり「男」に汚染された大人の世界である、と喜美子は強く思った。大人の世界とは、「男たち」の世界だ。少女が「男」基準の価値となるとき、〈少女性〉は失われる。
〈少女性〉への乾くほどの信奉は、「男」に対する嫌悪・反発心の表れだった。体の性と自認する性とが一致する女の中にも「男」は交ざっている。セクシュアリティに関係なく、「男性性」が〈少女性〉を破壊する。
彼女は、あの「新宿」で、大人の世界に染まらない純粋さを持っていた。そう喜美子は感じ、だから彼女に吸い寄せられていった。
黒ずんだ不潔な誘いに生得的(せいとくてき)な免疫がある唯一の存在、〈少女性〉の最後の砦―彼女が「不幸」に陥れば、全ての〈少女〉がやがて捕食されることを意味する。だが私がいれば彼女は大丈夫だ、「不幸」になるわけがない。彼女を心から愛せれば、たぶんそれは、弱者救済のニヒリズム解体へもつながる。
【私がいなければ、この子は途方に暮れる、暮れてほしい】
何度も脳裏には「エゴ」の二文字が立ち現れたが、喜美子はエゴに巻かれなければもう満足に眠ることすらできない。