国内の巨大官僚組織とは比較にならないほど小さな在外公館では情報共有の壁が低いのは当然のことで、戦争突入の直前、直後の緊張した瞬間にその場にいたことのある人ならばこの現場の状況は容易に理解できると思う。また海外の小さな拠点では危機発生時に情報共有が如何に大事で必要かを経験したことのある人にも直ぐに分かることだ。

そして米国側は十月十八日に発足した西条内閣が戦争準備内閣だと認識した時点で、明確に日本側の政治的、軍事的意図を確信し、急速に戦争に備えていったと考えても不思議ではなく、日本側が独伊と一緒になって戦争を目論んでいるのではないか……という疑惑がこの時点で確信に変わった。

柴犬種族の我輩の犬識観から言えば、率直に言ってこの時点で我輩のご主人が目指していた日米交渉妥結の芽は完全に断たれたと思う。

そこである夜、我輩のご主人に

「今回の西条内閣の組閣は日本政府の戦争方針の無言の意思表明と同じですね。今後日本側は何事も軍部主導で進み、外交交渉の余地は益々狭まるでしょうね」

と話しかけた。

我輩のご主人は、

「うーむ、そうだな。外交の幅が狭まることは覚悟せねばならんな。難しい状況になったよ……。しかし陸軍大将が首相になったとは言え、まだ今後の方向は最終的に確定していないから最後まで日米間の交渉妥結を目指して努力すべきだと儂は思う」

とむきになって反論した。

我輩は四囲の状況を見た瞬間にこう判断したのだが、我輩のご主人はどこまで行っても和戦至上主義だ。アングロ・サクソン人種は一筋縄では行かない民族だからもう少し露骨なまでの合理主義と現実主義で対処しないととても対抗できないよ……と思いつつも、我輩のご主人の平和主義の理想と見識には心から敬意を表する次第だ。

しかしそれにしても……と我輩は何度も思うのだが、

「日本側が戦争準備に舵を切った時点で三国同盟の調印者を日米交渉の助っ人に派遣する」という外務省の人選感覚とタイミングの良さをどう理解すれば良いのだろうか?」

  

【前回の記事を読む】プロはそっと舞台袖に隠れて、最高のタイミングを窺う。成功が約束されたその時、『あいや、暫く!』と我々外交のプロが舞台中央に躍り出るのが最高の見せ場。

   

【イチオシ記事】「歩けるようになるのは難しいでしょうねえ」信号無視で病院に運ばれてきた馬鹿共は、地元の底辺高校時代の同級生だった。 

【注目記事】想い人との結婚は出来ぬと諦めた。しかし婚姻の場に現れた綿帽子で顔を隠したその女性の正体は...!!