我輩は
「海軍の仲間としての大統領への過度の期待については以前話しましたが、ご主人様もそれなりの覚悟と秘策をお持ちでしたよ」
と向けると、
「日米了解案も突破口を切り開く糸口が見つかるかも知れないと思ったがごみ箱行きとなった。二正面作戦の準備不足を足掛かりに……という当初の儂の目論見も先方に理解されるところまで行かず今でも暗礁に乗り上げたままだ」。
確かにその通りだ。
我輩のご主人は続けて、
「そうこうしている内に、資産凍結だ、対日石油禁輸だと矢継ぎ早に対抗措置を取られ、首根っこを押さえつけられた日本側は挙句の果てに「対英米戦を準備する」という最悪のシナリオを作り上げてしまった。
ケン坊よ、赴任以来儂は何をしたのかな? 日米関係は改善どころか改悪になってしまい、暗澹たる気持ちだよ」
と、今夜はいつもより深刻だ。
口にするバーボンは如何にも不味そうだが喉に流し込む量は逆に増えている。我輩はこれまで何度も励まし続けてきたが、この時ばかりはついつい万感の情を禁じ得なかった。
クライマックスへの助走
日本側が次第に戦争準備に突入していく状況は現地大使館の幹部はもちろんのこと、他の館員も公式、非公式問わず相互の情報共有で聞き知っていた。
むろん公務員法で通信の秘密が規定され守秘義務は厳密に守られたことになっていたが、実態は個別に情報交換をしていたし、柴犬種族の我輩もそうして情報を聞き取っていたことは前述の通りだ。