第一部 日本とアメリカ—対立—

第三章 緊張の高まり

二度目の嘆き

心なしかバーボングラスがいつもより揺れていたが、飛んでこないことを確認した我輩は少しばかり安心して気付かれないようにさりげなく座り直し、

「そうですね。よりによって米国が一番嫌っている三国同盟の推進者、調印者という人物を送ってきても米国は絶対に信用しないでしょう。ひょっとすると日本側は『もはや日米交渉は進展の余地なし』と見切ったのかも知れませんね。見切った上で時間稼ぎをすることが本当の狙いかも知れません。

同時に米国側もこの黒須氏の派遣を『日米交渉決裂の意思表示』と受け止める可能性もありますね。こちらの方が心配ですが……」

と答えた。

う……むと黙り込む我輩のご主人の長嘆息が続く。

我輩のご主人が手にするグラスの中のバーボンの液体が心なしか再びゆらゆらと波を打ち始めたのを目にして今度こそ飛んで来るか…と我輩は気が気でない。暫くじっとグラスを凝視していたが、何とかご主人の手の中にしがみついているのを見て再びホッとした。

その夜、我輩のご主人はいつものようにバーボンを傾けながらぽつり、ぽつりと自らに語り掛けるように話し始めた。

「ケン坊。これまで何とかなると考えていたが、甘かったかも知れない……と今頃になってつくづく感じるよ。大統領も当初期待していたほど力になってくれないし、ウィンター氏に至っては何を考えているのか、今一つ要領を得ないしな……。」