それでも住人たちとの距離を詰めながら、少しずつ場の空気を馴染ませ、彼ら彼女らにも各々事情があってこの地に住み着いているのだと納得すれば、嫌悪感も解消していくはずだと喜美子は考えた。
いつでも逃げられる臨戦態勢で排他的な区画を眺めていると、身ぐるみ剥がされそうな恐怖が全身を包んだ。飛び込めば食い殺されてしまう―一歩二歩と場を離れようと歩き出した脚を別の恐怖が止めた。歳を重ねても現状は間延びするだけで何一つ変わらない恐怖。
喜美子は「変化」を求めた。全く新しい関係性を求めた。今日いた人間が明日にはいなくなっているような、不安定な空間にこそ求めるべき、新たな関係性を。変化があるとしたら、この場所しかない。いっそのこと食い殺してほしいとまで願った。
具体的なプランはないが、女が一人ふらふらしていれば、四十だろうが五十だろうが、誰かしら声はかけてくるはずだ。キャッチに引かれてホストに狂おうが、それはそれでよかった。狂うきっかけができるのであれば、ウェルカム、運命の担当を見つけてオーバーワークで稼いだブラックな金を、ぱあっと使ってやろうぜ、なんてな。
新世界の広がり―固まった自己像を破壊したいという欲を最短で満たせそうなイメージが充満する歌舞伎町、アイ・ラヴ。
喜美子は、会社上がりに繰り返しトー横を訪れたが、そこで〈少女〉―自分が嫌う世界と反対側の住人を見つけてしまうとは思ってもみなかった。
大人の世界であるはずの「新宿」は、〈少女たち〉を大人にしていくための培養装置、しかしその内部にいるはずの美結だけは、なぜか異なる位相に存在しているように喜美子には映った。戦禍の生存者。身体的には自分と同様に歳を重ね、少女性は失われていくとしても、喜美子が見ていたのは、時間の経過とは無関係に彼女を媒体に存在する〈少女性〉である。