グラデーション
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幼心に抱いたナオミの素朴な疑問は、自分のもうひとつの国旗を確かめてみたいという思いにつながっていった。そうすれば、日本のことをもっと知ることができるし、海を隔てた遠くから、綺麗であってほしいアメリカのモザイク模様を見ることもできる。
その思いが、セーラームーンへの憧れに始まったナオミの日本への興味をさらにかき立て、ひいおじいちゃんとひいおばあちゃんの生まれた国日本に行ってみたい、と願うようになった。
六年生のクリスマスの頃、その気持ちを父ケビンに話してみると、伝え聞いた祖父母が、これを機会に四半世紀ぶりに里帰りをしてみたいと言い出した。ケビンが日本の親戚に連絡をとり、曾祖父の甥にあたる熊本の林國雄の家で、ナオミは祖父母とともに夏休みを過ごせることになった。
アニメやコミックスで日本語に親しみ、一年前の秋、六年生になってからは中学校で日本語の授業にも出ていたので、日常会話には不自由しない。
ナオミの通うカリフォルニアの小学校には、幼稚園生と一年生から五年生までが学び、中学校は六年生から八年生、高校は九年生から十二年生が通う。全部で十三年制だ。ナオミが熊本に滞在したのは、六年生を終えた夏休み、十二歳の時のことだった。
國雄じいちゃんが住んでいる阿蘇山麓での日々は天国のように楽しかった。國雄と妻の佳枝は、二人の息子が独立し老境に入ってからは、農地の大半を人に貸してほぼ自家用として稲と野菜を栽培し、鶏と山羊を飼っていた。東に阿蘇山を望む広大な平野に広がる水田と畑の風景は、強烈な太陽の光とともに、故郷のカリフォルニアの農園地帯を思い起こさせる。
その一角にある林家でナオミは、『セーラームーン』のアニメをオリジナルの日本語版DVDで繰り返し見て、コミック本も日本語でむさぼるように読んだ。分からない日本語の意味は國雄や佳枝に教えてもらった。二人は時々初めて耳にするアクセントで、理解できない熊本弁を話すこともあったが、すぐに分かりやすい日本語に言い換えてくれた。
お盆には長男の洸平さんと、次男の遼平さんが家族連れで帰省して賑やかだった。國雄夫婦の孫は、小学五年生から中学二年までの男の子が三人に女の子が一人。洸平の長男と次男の駿介と雄哉、そして遼平の子どもで兄の昇悟と妹のわかばだ。