「まだバレてないと思うよ、私の正体」
しばらくぶりに瞳子さんと再会した時、彼女が別れ際に言ったこの言葉を思い出す。
それは、バイキンマンのお面を被る彼女に対し、もう正体バレてるからお面取れば?と言ったことへの返答だった。確かに、彼女にこんな正体があろうとは、さすがに気付けはしなかった。
いや今もって瞳子さんの正体は、謎である。いったいあの女は何者なのだろう。
モンスターか?
本当にあの箱には、ぼくと彼女の子の亡骸が入っているのだろうか?
ジョークであるとは思うが、彼女と関係を持ったことは事実だから、完全否定はできない。それを今になって持ち出してくるというのは、どういうつもりなのだろう。これから何が始まるというのだろう。
明くる日もぼくは荷物を届けるために、メゾン灯に赴いた。例の箱を脇に抱え、(一種の爆弾だな、これ)などと独りごちながら外階段を上る。
やや緊張しながら二〇三号室の前に立ち、一度深呼吸してインターホンのボタンを押す。ほどなく「ハーイ」。いつもの応答。
「宅配便ですけどお、荷物お届けにあがりましたあ」
警戒感から、まるで赤の他人のようにぼくは返答してみる。
「どうぞお。鍵開いてるから中に入ってきてもらえるかなあ」
いつもなら出迎えてくれるのに、今日は勝手に中に入ってきて、か。警戒感を解かぬまま、カチャリとノブを回し、玄関に入る。
台所スペースには誰もいない。部屋へと続く引き戸は閉ざされていた。
「あの、宅配便ですけど……」
奥に向かってもう一度ぼくは他人行儀に呼び掛けてみる。
すると突然、抱えているいつものダンボール箱の中で、何やらごそごそと動き出した。箱の中で何かが暴れている!
それどころか、「アンギャー!」と叫び声を上げ出した。なんだこれ? 死んだ赤子が甦ったかのようで、おそろしくなって箱を放り出したかったが、客の荷物である以上そんなことはできない。
「アンギャー、ごそごそ、アンギャー、ごそごそ。不気味な箱を抱えて立ち尽くしていると、いつもお茶をしている部屋へと続く引き戸が少し開かれて、その隙間から瞳子さんが顔を出した。
アハハハハハ!、と笑いながら、「ねえ、わたしたちの子供がむずかってるよ。あやしてあげないと、あやしてあげないと!」と急き立ててくる。
完全にモンスター。異常住人。パニックに陥りそうになるのをかろうじて堪え、「サ、サインもらえます?」
「あやしてあげたらしてあげるよ」
ずるそうに瞳子さんはほほ笑む。
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