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魔女だ、やっぱり。けれどぼくは、そこまで青ざめてはいない。あの時から時間が経ちすぎているせいで、リアリティーが追い付いてこないのだ。
付き合っている彼女に「子供できちゃったみたい」と告白されるほどの切迫感はなく、従って雷に打たれるほどのショックなどなく、嘘だろと思い、
困ったなとも思ったが、それはあまりにリアリティに欠けているし、真実だとしてもすでに死んだ子なら、堕ろしてくれと懇願するダメ男を演ずることもできず、「おーい、冗談だろ?」などとニヤけて、再び確かめてみるだけだった。
「そう思うならそれでいいけど。ジョークってことにしておくよ」
「ちょっと箱の中見せてくれる?」
「やーだよー」
「見せろよ」
ぼくは室内に上がり込み、コタツの脇にある箱を持ち上げた。この重さは、どんなもんだろう? 子の重さとは、どんなものだろう?
瞳子さんはぼくの行動をうろたえもせず見送りながら、「お客の配達物、勝手に開けていいんだっけ?」
そう言われたら、こっちは手も足も出ない。ぼくは玄関に戻り、スニーカーを履きながら、「ねえ、これからもアレ、送るつもり?」
「うん。いけない?」
「おれは配達人だから、来た荷物届けるだけ。全然へーき」
全然平気、というわけではない。強がりと、リアリティの欠如からくる無関心。無関心は生来の特技でもある。
「でもさ、なんの意味があってそんなことすんの? 罪の意識を分担させたいとか?」
「違うよ。失業者は退屈だから、変わったことしたくなるの」
「へえ。オレを困らせて、楽しもうってんじゃないの?」
「そんなことで困るドッチ君じゃないでしょ?」
読まれている。そういったところでは、ぼくもただ者ではない。呆れたり、戸惑ったりはしても、怒れなかった。死者、それも自分の子に対して無礼ではないか、という一般論は、ぼくにも瞳子さんにも通用しないようだ。
第一ジョークだ、これは。さっき彼女もそう言っていたじゃないか。瞳子さんらしいブラックジョーク、ということにしておこう。いつもの通り瞳子さんは落ち着いていて、そのポーカーフェイスが、何を信じていいのか、ぼくを迷宮に誘う。
「じゃあまた明日」
いつものように、別れ際の言葉を瞳子さんが言う。
ぼくはちょっとだけためらってから、「うん、また明日」
もう一度ちらとダンボール箱を見た。それはやはり、コタツの脇にあるだけの、なんの変哲もない配達物にしか見えなかった。