第二章 片倉小十郎重綱の使命

男の背を押したとき、がくっと首が動き、口から血があふれ出た。半開きになった歯のすき間から口中を覗くと、何やら血まみれの固まりが見える。小柄(こづか)を梃子に使って歯をこじ開け、つまみ上げて雑草にくるむようにして血をぬぐう。

それは小さく丁寧にたたまれ、渋紙に包まれていた。あんちゃんは手を止めて鋭い目で見守っている。目配せすると近づいて来て、二人して頭を寄せて慎重に渋紙を開いた。

中から小さな紙切れが現れた。明け始めたほんのわずかな光の中で、紙の白さが冴え冴えとしている。目をこらすと、下手な筆で「さえもんのすけ男子かたくら」と読めた。

左衛門佐幸村の遺児大八君が匿われていることを、どこかに知らせるつもりだったのだ。口中のものは、無事に他領まで逃げ延びたら、誰かに受け渡しするつもりだったのだろう。

岩間新兵衛の口から思わずため息がもれた。調べのとおり田助は裏切者だった。徳川の放った間者である疑いが濃厚になった。

あんちゃんは身元の探索結果の方が誤りではないか、と思いたがっていたのだ。今は無実の者を斬ったのではないという安堵感と同時に、信頼を裏切られた不覚の思いが湧き上がってくるのだろう。

暗澹とした顔で岩間のあんちゃんが血を吐くように口を切った。

「とのっ、信じていただきとう存じます。それがし、うかがった秘密、決して決して、他に口外しておりませぬ。誰にもっ、でござりす。誰にも。それが、どうして秘密を知ったものか……」

「あんちゃんを疑うことはない。突然現れた見知らぬ幼子に大人がかしずいている図は、周りの目をひいているかも知れぬ。考えねばならぬな」

あんちゃんに秘密を明かしたのにはわけがあった。それは他ならぬ、あんちゃんの言葉だった。

あの時あんちゃんは、こう言ったのだ。

「片倉久米介どのはお名前からしても、殿のお血筋と分かりますが、それにしても、おつきの西村どのも吾妻どのも、元は真田家の家士でしたなあ。それが不思議でなりませぬ」

儂はあの時ほど愕然としたことはなかった。あんちゃんは怪訝そうに儂を見て、それが呆気にとられた顔に変わり、一瞬はっとしたように目をみはると、たちまち血の気が失せていった。

茫然として「ご無礼をお許しくだされ」と、平伏したのだった。儂の顔は心に正直すぎていかぬ。

あんちゃんはお役目で、握り飯を腰に下げて領内の土地をよく歩き回る。あるとき、ぽつんと他の農家から離れた一軒の家を見つけたという。そこから出てきた男は粗末な袴を身につけているが、どう見ても武家だった。