本書では、プロセスが変わらないままに各部署にデジタルツールが乱立し、プロセス間でデータ共有ができないままにデジタル化が進んだ状態を「デジタル家内制手工業」と呼ぶ。トップが明確な指針を出さないと、DXという名の元に強固なデジタル家内制手工業が確立してしまう。成功を生み出したノウハウや経験に裏打ちされた業務プロセスの変革は困難である。

日本の製造業でいえば、それは現地現物ベースの擦り合わせと、紙図面と紙帳票を読み解き改善を進める現場の力であろう。しかし、大きな環境変化を迎えた現在、これを変えていく必要がある。ダーウィンの言葉を借りるまでもなく、生き残るものは強いものでなく、変化に追従するものだからである。

では、変革に対する抵抗に打ち勝って、デジタル家内制手工業に陥らないためにはどうすればよいだろうか?

米国で生まれた変革を成功に導く公式とは?

米国には変革を成功に導くためのBeckhard and Harrisの公式と呼ばれるものがあるという。これによれば、変革(C)は、不満(D)、ビジョン(V)、最初の一歩(F)の積として定義され、それが現場の抵抗(R:Resistance)を上回ったときに成功する。

変革が積として定義されているということは、DやV、Fの値がゼロであれば、変革は成功しないことを意味する。

つまり、現状の課題が明確で、未来に対する確固たるビジョンがあり、それを実現するための最初のステップが見えていることが必須であるということだ。

この公式は1960年代に提唱され、1970年代にブラッシュアップされたというから、アナログな手法による変革を対象としていたはずである。しかし、その考え方はDXの時代にも色あせていない。経営トップが確固たるビジョンを持ち、組織の課題を現場と共有し、DX推進リーダーには変革に向けた最初のステップが明確に見えていることがDX成功の肝なのである。

写真を拡大 図1-3 変革を成功に導くための公式