「初めはね、三年生だけど九九はおろか足し算もあやしいって聞いて一瞬立ち止まっちゃったの。教科書とか使って勉強できるのかなとか、私の話を分かってくれるのかなって、すごく不安だった」

サオリの話に夏生は七、八年前の秋を思い出した。酔いが引いていく。

夏生が通った小学校には「みずいろ」学級とネーミングされた特殊学級があった。残暑が残る九月の午後、六年担任の青木先生がクラスのみんなに向けて話す。

「あと三週間で運動会です。六年のみんなにとっては小学校最後の運動会だね。ところで、運動会について『みずいろ』学級の先生からお話がありました。

『みずいろ』の子たちは、みんなと一緒に勉強したり、行事に参加したりってことは滅多になかったのだけど、今年の運動会では『みずいろ』の子たちもそれぞれ、自分と同じ学年の子たちと一緒に競技や演技に参加することになりました」

青木先生の笑顔を避けるように「ええっ」「どうしてなの」と呟きが漏れる。「みずいろ」の子たちは自分たちよりすごく遅れた子たちだ。六年生なのに低学年の子たちが分かることも分からない。呟きの主たちはそんな蔑んだ思いを抱いて「みずいろ」の子たちと一緒に活動することを受け入れたくないとあらぬ方向に視線を向けている。

その呟きの主の中には夏生の仲間もいた。顔をしかめて机に突っ伏す仲間を見て夏生は頭の後ろがジクジクと疼く。疼く脳裏には思い出したくない情景が蘇っていた。

休み時間に体育館で遊んでいると「みずいろ」の子どもたちが担任の先生と鉄棒の練習にやって来た。

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