「ねぇ、一緒に帰ろうか」

「ええっ?」

「一緒に帰ろ。私の下宿も大将軍よ」

丸眼鏡のサオリは目を細めてそう言うと、すっくと立ち上がった。

サオリの提案は徒歩だった。彼女はこれまでにも何度か歩いて帰ったことがあるという。二人で木屋町通りに出ると初夏を思わせる夜風が頬に心地よかった。高瀬川沿いに植えられた柳の木も長い枝葉を風に任せている。二人は河原町通りを丸太町通りまで歩くことにした。御池通りを渡る頃には次第に擦れ違う人も少なくなっていた。

「夏生さんは将来のこと考えてる?」

「何にも。まあ、何とかなるくらいにしか思ってないなあ。今はたくさん本を読みたいなって気持ちだけだな」

少し酔いが回った夏生はぼやけた頭で返答した。

「私はね、教師になりたいの」

「ふううん」

「でね、コンパの時、アルバイトの話を始めようと思ったんだけど、今出川さんにあなたを取られちゃったってわけ」

サオリは、昨年の夏から家庭教師のアルバイトをしているという。生協のアルバイト斡旋所に寄った時、今は卒業した四回生から家庭教師を引き継がないかと誘われて始めたとサオリは言った。教える相手は小学三年生の女の子で、特殊学級に籍を置いているという。