一、ロワール城物語
パリには旅行で一度来たことがある。その時は只々驚いただけだったが、住んでみると、大都会ではあるが東京とは全く違った。そもそも住んでいる人種が多岐にわたる。服装もまちまちだ。どんな格好をしていても恥ずかしく感じることはない。ダイバーシティの見本のように感じた。
生活のために少しでも収入を得なければならないが、観光ビザでの入国だしフランス語が出来るわけでもない。
日本人向け新聞の求人欄で見つけた日本人経営のクラブで働くことにした。所謂もぐりの就労であるが、結構多いらしい。
それは〈クラブ・カルチェラタン〉といって、その名の通りセーヌ左岸のラテン地区にある。このラテン地区には大学が多くあり、ラテン語を勉強している学生が多いことからその名がつけられている。昼間は多くの学生で賑やかだが、夜になると大通りを一歩横に入ればひっそりとしている。
幸とクリスチーヌはこの店で知り合った。クリスチーヌはフランス人といってもアラブマグレブ系なので少し個性のある顔つきだ。その顔で面白い日本語をしゃべるので人気がある、反面ちょっと引く客もいる。
二人はシュノンソー城、ショーモン城を観たあと、食事は地方の名物料理である『マトロット・ダンギーユ』を取った。
「これはね、ウナギとタマネギ、セロリを地元の赤ワインで煮込んだものなのですわよ、サチ」とクリスチーヌが解説してくれた。それとリンゴの〈タルトタタン〉も頂いた。幸はどちらも「おいしい」と言って舌鼓を打った。
食事のあと、クリスチーヌの提案でオルレアンを訪れた。クリスチーヌが再び幸に説明する。
「十四から十五世紀にフランス対イングランドの百年戦争が起きたのですよ。このオルレアンがイングランドに囲まれて陥落寸前となった。その時に、女の子のジャンヌ・ダルクが参戦、ていうのかな、戦ってイングランドに勝ったとよ」
「その話は少し知ってるわ。でも女の子によくそんなことが出来たわね」
幸は率直な疑問を投げかけた。
「それはね、神がついていたからですわよ。戦うようにと神様が彼女に命令したのです。でも彼女は後に魔女と呼ばれ火あぶりの刑になった。神がつくというのは、いいことも悪いことも受け入れなければならないのよねー、サチ」