病院ではアルツハイマー型認知症と診断され、毎日薬を飲んで様子を見ることになったと聞いた。認知症だからといってすぐに何もかも忘れてしまったり分からなくなる訳ではない。少しずつ、少しずつ記憶がこぼれていくのだと思う。薬で少しでも、そのこぼれる記憶の速度を遅くできたら……。

サチさんはだんだん台所に立つ時間も減ってきたと、ナミちゃんは言っていた。

色んなことが何から始めて良いか分からなくなってきていて、いつも心が困っているのだ。

周りのサポートなしでは、食事を作ることは困難になってきていたのだった。

あんなに綺麗でオシャレで着物もピシッと着ていたサチさんが、今は季節も分からなくなり、洋服も何を着たら良いのか自分で選べなくなってきていた。そんなサチさんにナミちゃんが月1回行った時に、困らないように洋服を揃えてあげていると聞いた。

だんだん子供のようになってきているサチさん!

ずーっと会社やご家族を支え続けてきたサチさんは、今度はご主人にうんと甘えさせて貰う番なのかもしれない。毎日毎日欠かすことなく3度の食事をつくっていたサチさんに、もう食事の事で悩まなくて良いことが、このような形で訪れて来たと思った。

ナミちゃんが私の店に勤めることが決まった時、サチさんは「ナミは我儘で感情をすぐに顔に出すので、チーフにご迷惑をかけるかもしれませんが、宜しくお願いしますね」と私に言った。

けれどサチさんの育てたナミちゃんは、我儘どころか優しくて素直でよく気が付き、その上、頭も切れる素晴らしい娘さんなのだ。それだけでもサチさんの人生は誇れる人生だと思った。ナミちゃんにとっては、自分の母親が色んなことが少しずつできなくなることや、感情さえもあまり外に出せなくなっていることは、どんなにか辛いことか思う。

そんな母親を優しくフォローするナミちゃんは、今までかけて貰ってきた愛情のお返しをさせて貰っているのだと思った。世界でたった一人のかけがえのないお母さんを悔いのないよう、思い残すことがないように、思い切り大切にして欲しいと思った。

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