【前回の記事を読む】外国人男性にすられた財布を、ボディーチェックして取り返した。一件落着と思いきや、「大丈夫?」と集まってきた人達が…
娘のこと
充分遊んだ後に公園の帰り道、ゆっくり歩いていると、小さな孫にとっては上に咲いている桜より、道端に咲く雑草の小さなお花の方が目に入るのか「キレイね、キレイね」としゃがみ込み、何度も足を止めてその小さなお花を摘んで「ママ、はい。バァバ、はい」と言って差し出すのだった。
チューリップを見つけると一層喜ぶ孫に、娘はチューリップを楽しそうに歌ってあげていた。
遠い昔のまだ娘は2、3歳。私が専業主婦をしていた頃のことを思い出した。お天気が良いと娘と2人で、近くの道をアチコチお散歩をした。
娘はお散歩すると必ず道端に咲く花を見つけ、その花を摘んで帰り、小さな空き瓶などに差して2人で喜んだものだった。会社からパパが帰って来ると、お散歩の事やお花摘みをした事などを話す、オシャマでおしゃべりだった娘の姿は忘れられない。
時はあっという間に過ぎ、大学生になった娘。大学が決まった時には女の子だからと、セキュリティのしっかりした賃貸マンションを探した。引っ越しの日は3人一緒に家を出て、当面必要な物を揃えてあげた。
初めて親元を離れ一人暮らしをする娘が、心配でたまらなかったが「私大丈夫だから」「暫く忙しいと思うから、家には電話はしないと思うけど……」と強がる娘の言葉を後にし、帰路についた。ベランダから手を振る娘に笑顔で返したものの、中央道を走る車の中では私も夫も寡黙だった。
双葉のサービスエリアで休憩を取っている時に、目の前を小さな可愛いリボンを付けた2〜3歳位の女の子が、アイスを手に持ち通り過ぎた。ボーっとその子を目で追っていたら、その姿が幼かった頃の娘と重なり、涙がポロポロ出てきた。
可愛くて可愛いくて「大きくなーるな」と言っていた私、その娘が、私の手元から離れ一人暮らしをする。希望する美大に入って新生活を始める。本当は喜ぶ事なのに。
何だろう。このポッカリ空いた穴は、この空っぽな心は……。
あれから何十年か経て、今はその娘が母になったのだ。
3時頃になり孫がお昼寝の時間になったので、私達は退散することにした。
「バイバーイ、バイバーイ」と、見えなくなるまで手を振る孫と娘夫婦。
帰りの車で助手席に座った私は、何故かタメ息が出た。「いくら親子であっても、家庭を持って生活している子供達には、たまに会うから良いのかもしれないわね」「それに相変わらずマイコは大雑把なんだから……」と呟く私。
そんな母としての私の思いを、夫は分かってか「お花を摘んだり『お花キレイー』というユー君にお歌を歌ってあげたり、道端の小さなお花を家に持って帰り大切に飾ってあげるマイコには、大切に育てたママの魂がチャンと宿っていると思うよ」と言うのであった。
もちろん今回の双葉サービスエリアでは涙は出ませんでしたよ!