サチさん

私がサチさんと初めて出会ったのは25年前になる。まだ結婚前であった彼女の娘のナミちゃんがプロポーションづくりの為に私のサロンに通っていた。

その時に自分の母親はお肌が弱くてブラジャーも付けられない。と相談されたことがきっかけだった。色々と工夫をした結果上手く着けられて、サチさんもサロンに通ってくださるようになった。その頃の彼女はまだ54歳だった。色の白い、もの静かな印象だった。

ナミちゃんが私の長男と同年ということもあり色んな話をした。彼女は独身の頃は保育士をしていたと聞き私も東京で保育士をしていたこともあり、いっそう親近感を抱いたのだった。

そんな彼女に違和感を覚え始めたのは、70歳を超えた頃であろうか? サロンで少し前に購入してくださっている商品を又購入しようとするので「サチさんコレは最近買われたので、お家にあるはずですよ。ダブってしまいますよ」と私が言うと「そんな事はないわよ。私はまだ買ってないわよ」と言うのだった。

数分前に話した事を忘れてしまったりすることも、増えてきていた。その頃の彼女はサロンの色んな講習会中に眠ってしまうこともしばしばあった。

それでもその時は、ご家族で会社経営をされているので、ご主人や息子さんの朝、昼、夜の3度の食事や、家事全てとプラス会社の事務関係全般と、心身ともに疲労が重なっているからかもしれないと思った。だがサチさんに会う度に心配する気持ちが膨らんでいった。

少し後にナミちゃんが私に「お母さんたら、今晩の夕飯は天ぷらにしようね、と買う食材まで決めてスーパーに行ったのに、全く忘れていて夕飯どうしようか? なんて言うんですよ。何だか妙に忘れっぽい気がします」と言うのだった。

家族は誰も信じたくないものと思うが私は病院に行くことを勧めた。

もしかしたら何とか手立てがあるかもしれない。物忘れは一時的なことかもしれない。そう思いたかった。ご家族の皆さんは私なんかより、数倍も受け入れ難かったと思う。ご主人は、あまり病院には連れて行きたくなかったようだが、ナミちゃんは嫁いでいたので、たまに会うサチさんの変化に気付き始めていたのだった。