「解読不能な文字……。それはいったい……」

「神代文字の一種だ。日本には、大陸から漢字が渡ってくるはるかに以前から文字が存在した。その中の文字で碑文は刻まれていたというんだ」

「ほえ~、すごい展開になってきたぞ」

啓二は興奮気味にそういうと熱燗を2本注文した。

そのとき、店の扉がガラガラと開いた。振り向かせずにはおかない強いオーラ。そんな気配を感じた光一たちは一斉に戸口に視線を送った。するとそこに上琴音村(むらかみことね)が立っていた。

「うー、寒い。うふふ、やっぱりいましたね」

そういうとまるで待ち合わせでもしていたかのようにさりげなく三人が座るカウンターに腰掛けた。

「琴音。どうしてそんなに鼻が利くんだ?」

「どうしてでしょうねえ。生まれ持った嗅覚というか。あ、おみちさん」

厨房の奥からこの店の女将であるおみちさんが顔を出したとき、琴音にウィンクをしたのを啓二が目ざとく見つけた。

「あ~、なんなんですかそのウィンク。あやしすぎるぞ、二人とも」

「ふふふ、男の子には関係ない女同士のヒミツよ。はい、琴音ちゃん」といいながら、小ぶりな土鍋を琴音の前に置いた。

熱いおしぼりで手を拭くと、琴音はさっそくふたを開け声を上げた。

「わあ~、美味しそう。いっただきま~す」

「お、ふぐ雑炊。座った瞬間にふぐ雑炊って。まるでイリュージョンだ」

「なるほど。女同士のホットラインだな」

「うまい。アツアツだけにね」

村上琴音も光一や啓二と同様、広告代理店「創造」のかつての同僚だ。といっても琴音はいまも在籍している。

あの巨大コンツエルン村上グループの令嬢といえば、絵に描いたようなお嬢様だ。その上、屈託のない天真爛漫な性格、華やかなオーラを放つその容姿によって、「ミス創造」の名を欲しいままにしているのだが、本人は一向に意に介さない。

琴音はふうふういいながら半分ほど食べ終えると、光一たちの顔を順番に覗き込みながら鼻をクンクンさせ、意味ありげな表情で口を開いた。

「ふむふむ、これは匂うな。事件の匂いがするぞ」

好奇心で目を輝かせている琴音に、光一はさりげなく話しかけた。

「なあ、琴音。鶴亀堂って知ってるか?」

「鶴亀堂って、和菓子屋さんでしょ」

「知ってるのか」

「当り前ですよ、私のおばあちゃんが大好きで、よくお茶会を開くときに特別に注文してましたから。鶴亀堂のどら焼き大好き。え、もしかして鶴亀堂のお仕事なんですか?」

「まあな」

「えー、いいなあ。それじゃ鶴亀堂の和菓子食べ放題ですね。わたしもいっしょにお仕事した~い」

「バカ。そんなに甘いもんじゃない」

「あ、またおやじギャグ」

「そうそう、そう言えばその鶴亀堂の社長さん、亡くなったんですってね」