「でもどうしてここにいるの、何をしているの?」

「イヤ、ソノ、旅ノ者デス。本当ハ昨日スグニ立去ルツモリデシタ。デモ、モウ一度ソノ曲ヲ聴イテミタクテ、ココニイマシタ」

「え、この曲?」

「ソウデス、ココニ居レバ亦来テ下サルヨウナ気ガシテ‥‥」

「ふうん、いつまでここにいるの?」

「ワ、判リマセン、ソノ‥‥」

「もしかして‥‥行く所がないの?」

「イエ、ソノ‥‥」

「ホームレスの人? ご飯はちゃんと食べてるの」

「イヤ、マア‥‥ソノ」

「マアとかソノばかりね」

少女はそう言ってくすっと笑った。

「でも、悪い人じゃなさそうだわ」

半ば呟くように囁くと骸骨に右手を差し出した。

「わたし、杉野和美、十六歳の高校一年生よ」

「シ、小生ハガイ骨デス、ハ、初メマシテ」

「えっ、ガイ骨ぅ? 変な名前‥‥それとも綽名なの?」

焦点の合わぬ目が骸骨の全身を上から下まで追っている。

「もしかして‥‥すごく痩せてるの?」

「ウゥン‥‥ソウカナ。ソレヨリ何トイウ楽器デスカ? ピカピカ光ッテ綺麗ダ。ソレニ曲名モ」

「ソプラノサックスよ。それから吹いていたのはドリカムの未来予想図って曲、わたし大好きなの」

骸骨はふと思い立ったように縫ぐるみを手渡した。

「え、ありがとう。これ探していたの。あれ、もしかして‥‥これを渡すために待っててくれたの?」

「エェ、マア」

何だかごにょごにょ言い澱んでしまった。照れていたのだろうか。

ふと林の向こうから足音が近づいてきた。骸骨はカサコソと樹幹の陰へ身を隠すようにした。

「和美、和美ちゃん、どこ? もうじきご飯よ」

「はーい、すぐ行く」

少女は声を張り上げて応えると、不意に小声になった。

「じゃあね、ガイ骨さん。また明日」

吃驚した。何かの聞き間違いかと思ったくらいだった。骸骨は目をぱちくりさせたまま、少女の姿を目で追っていた。

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次回更新は1月17日(金)、11時の予定です。

 

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