最初にも書いたように、一樹がタイプの人というわけでもなく、なんとなく交際をスタートさせてしまったダメな私ではあったが、このプールからの帰りのバスの中で、気づくとコテンと私の肩に一樹の頭が乗っかってきて、顔を覗き込むと一樹は疲れたのか眠っていた。

この、何気ない、特別でもなんでもないこの出来事。

なぜだろう。その瞬間を今でもリアルに思い出せる。子どものような、無防備で屈託のないその表情を、彼の寝顔を見たとき、初めて彼を愛しいと思った。

愛しい。好き。という感情が、突然私の中にふっと湧いた。

結果的に、それは良かったことだけれど、その好きという感情を知ってしまったことで、私にとって、これが未知の闘いの始まりになるなんてその時は思ってもいなかった。

私は感情をすべて切り捨てることに成功した後に一樹と交際を始めたので、変わらず人形のようだった。

喜怒哀楽を出さず、基本的に淡々として冷静で、表情が読めないような人間だった。

それでも私を好きだと思ってくれる、そんな気持ちになってくれる一樹が不思議でならなかった。

そして、男の人と交際するとはどういうことなのか。軽く告白して始まってしまった付き合いだったため、ちゃんと考えていなかった。

でも、好きになった一樹と会うのは私にとって唯一の大切な時間となっていった。

学校へも行けず、母や父ともうまくいっていなかったが、人形であれば、家の中ではなんの問題もなかった。

でも、一樹と会うと私は毎回自分自身に戸惑うようになっていった。

     

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次回更新は1月9日(木)、21時の予定です。

  

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