第一部

出逢い

好きという感情は、必然的に〈嫌われたくない〉という感情が生まれてくる。家でも、長い期間人形のように過ごしてきたはずなのに、一樹と一緒にいるとき、特に出掛けてウィンドウショッピングをしたりしている中で、少しでも黙ったり、沈黙が長く続くときがあったり、些細な変化があるだけで〈私は何か怒らせるようなことしたのかな〉と心の中で突然どうしようもない不安に駆られ、でもそれを言葉にすることもできず、一樹の顔色を窺うばかりで、少し前の父と母との関係で味わった不安やビクビク怯えていた自分に、瞬時に戻されたような気分になった。

一樹にとっては特に意識もしていない普通の言動だったのだろうが、私は切り捨てたはずのあらゆる感情が蘇ってきてしまい、私にとって厄介な【感情】というものに振り回されるようになっていった。

そのうち、一樹と外でのデートはやめたいと思うようになった。

機嫌を窺いすぎて、それだけで疲れ切ってしまう。もちろん、それを一樹にいちいち確認することもできず余計に疲れてしまう。

なので、一人暮らしの一樹のアパートで一日過ごすのが定番になっていった。

DVDを借りて観たり、簡単にパスタなどを作ったり、デリバリーを頼んで食べたり、とにかく家の中で過ごすのが一番機嫌を窺い怯える必要が少なく、私は少しだけ一緒にいる時間が楽になれた。

だが、またその後新たな問題にぶち当たった。一緒に並んでDVDで映画を観ている時、軽く肩をひっつけたり、手を繋いだりはしていたが、それ以上のことは何もしていなかった。けれど、ある日、映画が見終わると軽く抱きしめられ、一樹の手が背中に回った。いつもと違う動きになっただけなのに、私はそのとき初めてフラッシュバックというものを起こした。

あの日の記憶と突然交わり、あの日の恐怖と感触が全身を走り、心臓の音が急速に速くなり、私は全身汗をかき震え始めてしまった。

一樹はりょうくんではないし、あの日触れられた所でもなんでもないのに、どうして……と、私の頭の中もパニックとなった。