仕事が終わり時は既に午後七時半を回って、重い足で急ぎ駅に向かった。そして心配性の伯母を気遣って電話をかけた。いつもより遅かったし心の状態も心配だった。
伯母はすぐ電話に出てくれしっかり食べ物も口にしたし、気分も良いと言っている。確かに声色も良く、それに安堵し急いで帰ると伝えた。すると伯母から、何か甘い物を仕入れてきてとお願いされた。
部下の方が、会社に残っていた伯父の荷物を届けに来ると言った。郵送してくれればと何度も伝えたが、線香もあげさせていただきたいと、一歩も引かなかったという。「律儀な人……部下?」
私は彼との接点を探し告別式の事を思い出した。会館で、少しばかり会話をした男の人かもしれない。そう感じ足早に地下鉄へ急いだ。
玄関に置かれた折目正しく綺麗に磨かれた革靴に目をやった。居間からは、伯母の明るい笑い声が漏れ、晴々した音吐を久しぶりに聞けた。思わず長い廊下をバタバタと歩いて、リビングに繋がる襖をゆっくり引くと、伯母の笑顔が真っ先に飛び込んでくる。
それから照史が会釈をした。
「あ、やっぱり」
何だか嬉しく思い自然と笑顔になっていた。彼は私の反応を見て同じように笑顔を返して「片瀬照史」と書かれた名刺を差し出してくれた。そのきちんとした物腰に感動を覚える。顔が紅潮しているのを感じた。私は直ぐに顔に出るから恥ずかしい。
照史は気の利く人で、葬儀の時は会社関係の弔問客対応を自主的にしてくれたようだ。今一度葬儀のお礼を伝えた。
笑顔の優しい素敵な人だ。整った顔立ちだが姿形ではなく、心が柔らかく温もりのある人柄を感じ取った。伯母も楽しそうで、久しぶりに家族以外の人と話ができたと嬉しそうだ。
照史は調子に乗ってしまったと謙遜している。伯母は伯父の話が聞けて嬉しいと、不思議な事を言った。
照史の話によると伯父は時々会社に現れる。一人ひとりの仕事ぶりを観察しては頷いているらしい。幽霊になっても元気に働いて、部下のお世話を焼いている、そんな姿を想像したら嬉しかったと。私は照史が幽霊を観たり感じたりしているのかと期待した。