第一部
一 出会い
その日も、待合のソファーで参考書を読んでいると、先輩の堀田に声をかけられた。私の指導係をしてくれている。留守を頼まれ、それに荷が重い用を頼まれた。
午後の診察が始まるまでに向井を起こしてほしいと言うのだ。不規則な生活で必ず仮眠を取っていた。昼夜を問わず、訪問先の患者に困りごとで呼ばれた際は、診察に出かけているからだった。
仕方なく承諾したが、そもそも男性が苦手だし心に抵抗を感じた。いざ院長室へ入ると、自分でも驚くほど腹の底から声が出た。
「向井先生、そろそろ起きて下さい」
院長室の大型ソファで、ごろっと横になっている向井を見て、「あ、シロクマ ……」と思わず心の中で失笑してしまった。そもそも堀田はこの状況でどのように起こしているのだろうか? 聞いておけばよかった。全く起きる気配が無い。
そこで容赦無く、遮光カーテンを開け放った。強い西日が額を照らし、とても寝ていられないと思う。本当に眩しそうだった。
「頼むよ、お手柔らかに!」
と瞳がしょぼしょぼして開かないのか、苦虫を噛み潰した顔だ。重たい身体を起こし、大あくびで完全に寝呆けている。そして何が起きたのか、想像もできず、眉を顰めて私を見た。
私は俯瞰して冷静にその様子を窺っていた。向井は寝癖のついた髪をおもむろに整えている。
「顔を洗った方がいいですよ」
と淡々と言ったが、この時は本当に可愛げが無かったと思う。
はいはいと言わんばかりに、向井はやっと立ち上がり伸びをして私の足元をぼんやり眺めている。一礼して院長室を後にし、ほっとして事務に戻ることができた。