第二章 小窓尾根
デブリを越えて取水口の手前まで行くと、道は斜面に吸収されて消えた。その時先頭だった川田は立ち止まり、さて、これをどのように越したものかと見回した。デブリで途切れていた先行パーティーの微かなトレースは右下の河原に続き、どうやら白萩川を渡って左岸に延びていた。
「左岸だな。左岸に渡ろう」と川田の背後にいた鬼島は言うと、ラッセルを交替するとも言わずに川田を追い越し、そのまま右下の河原に向かって下降を始めた。水流の際まで行くと、鬼島は白萩川の川床に散在している雪の被った岩塊を飛び石のように伝って渡っていった。川田もそれに続いた。
左岸に渡って斜面を上がり、取水口の堰堤の上に出た。白萩川はここでほぼ九十度右に屈曲し、川の両岸が壁のようにそそり立った「ゴルジュ」と呼ばれる地形になる。小窓尾根に取りつく定石のルートは、ゴルジュをそのまま進み、池ノ谷との出合を経て小窓尾根の取りつき「雷岩」に達する。
しかし事前の計画で鬼島の描いたルートはその定石ではなく、ゴルジュ地帯に入らずに、右岸側の赤谷尾根から派生する小尾根に這い上がり、これを乗越して池ノ谷出合に下降し、雷岩に達するというものであった。
ゴールデンウイーク頃の固く安定した雪であればゴルジュの中を進んだ方が早いが、新雪のこの時期であれば川床に転がる巨石の合間の雪が完全に固まっていないため、一見表面はなめらかな雪面だと思って進んでも実は巨石の合間の大穴で、その大穴に足を踏み入れた途端肩まで雪に埋もれてはまる。