ゴルジュ地帯に入り込むと、これを何度も繰り返すことになり、全くスピードが上がらない。さらに川沿いはゴルジュの切り立った両岸から降り注ぐ雪崩によって雪量も多くラッセルもきつい。
そういった理由から、定石のルートであるゴルジュを進むより、小尾根を越えていくルートの方が良い、というのが鬼島の考えだった。川田は、ふうん、そういうものか、定石どおりの方が結局早いのでは?とも思考したが、当然、川田にそのような反対意見を言う権利はなかった。
鬼島の描いたルートを取るべく取水口の堰堤から右岸に渡り返す。ほとんど雪に覆われているように見えたのだが、川の中に進んでみると一箇所水流がむき出しているところがあったので飛び石伝いにその水流を越えた。右岸に渡り、赤谷尾根から派生する小尾根の斜面を横切るようにラッセルする。
先行パーティーは白萩川沿いの一般的なルートを取ったらしく、ここから先、小尾根を乗越し池ノ谷出合に下降するまでトレースはない。鬼島は、小尾根を乗越しやすそうな箇所を観察しつつしばらく進み、樹林が薄くなったところを突いて小尾根の頂稜に向かった。
小尾根の斜面に取りつくと、ラッセルがきつくなった。寒暖の変化を受けていないこの時期の若い雪は、春の固まった雪に比べて格段に崩れやすい。いよいよ本格的なラッセルとなり、目の前の雪を切り崩し、膝や腿を使ってその雪を固め、足を置くステップを作りながら進んだ。
しかしこの急登は小尾根を乗越すためだけのもので、すぐに再び池ノ谷出合へ急降下しなければならないことを考えると、なんだか空しく、気持ちが萎えてくる感じであった。
数十歩ずつ、鬼島と交替しながらラッセルをし高度を稼ぐ。途中、いい加減足がだるくなってきたので、川田は意を決して「休憩しませんか?」と前を行く鬼島に声をかけた。
しかし鬼島は、振り向きもせず、振り上げる足を緩めることもなく「小尾根の上まで上がってしまおう」と言い、ザクザクと先に進んだ。天気も良く、単調なラッセルであるから確かに尾根筋まで一気に行けなくもないし、まあしょうがないかとあきらめて、川田は鬼島のあとに続いた。