これで三回目。
呼び鈴を鳴らした。五分程待ってみたが扉が開く気配はなく、その向こうにお前の息遣いは聞こえない。
開けるか。
鍵を取り出そうとして、動きを止める。昨日の様子からロックが掛かっている事も予想できたし、強行突破にも似た行為に僕は躊躇(ためら)った。お前が自主的に開けてくれる、それが一番望ましい。
控え目に扉を叩いた。お前の名前を呼ぶ。なるべく、優しく呼んだ。少し上ずったのは妙な圧迫感があったから。右隣に視線を動かした。昨日の青年は不在なのか扉が開く気配はない。
見たところ大学生のようだったから、今は学校なのかもしれない。取り敢えず、二日連続不審者出没の情報を警察にされるする羽目にはならずに済みそうだった。
目の前で空気が揺らめく。
切り離されていた空間同士が混じり合った時に起こる摩擦音がした。
ドアノブの反対方向、僕を阻んでいたU字ロックは鳴りを潜めている。
扉が人一人分きっちりと開いて、でもその奥に薄暗くスモッグでも散布されているんじゃないかと思うくらい息苦しい空間が見えた。
僕の目の少し下辺り、お前の頭が揺れている。顔は前髪に隠れてよく見えないが、いつもの眼鏡はかけていないようだった。
ただ揺れている。
そうして僕は、ようやっと開いた扉にはじき出される前に体を滑り込ませた。
玄関に入るとお前はもう僕に背を向け、廊下を歩いている途中だった。足取りはおぼつかなく、左足親指の指節骨から足根骨の側面を床全体に着けて体を左右に傾けている。
そして決して長くはない廊下で一度立ち止まり、右手で壁に手をつき、そのまま凭(もた)れかかり、唸(うな)り、咳き込み、息をつき、そうしてまた歩を進める。リビングに辿り着くまでがやけに長かった。僕はお前の背中を見つめながら、何一つ声を掛けることが出来なかった。
磨りガラスの扉を開いてリビングに入ると、幾らかぼんやりとした輪郭の部屋が広がっていた。締め切られたカーテンが太陽光を遮断しており、全体的に薄暗く、散らかっているように見えた。僕より先に入室したお前はパソコンデスクの前に座って突っ伏し、何も言わず動かない。
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次回更新は12月29日(日)、20時の予定です。
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