第1章 闇の入口

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僕が怒ってると思っているから、お前は僕を拒むのだろうか。そうであってほしい。僕は隙間から手を差し入れてロックを外そうとするが、お前の手がそれを阻んだ。

けれど、どこにも力は篭っていなかった。ただ、やめてほしい。そんな意思だけを伝えようとどちらかの手を添えている。僕はそれに気付かないふりをしてロックにかける手を止めない。

「お前、おかしいって。何かあったんだろ? 配信にも来なかったたし、何も言わないしさ。とりあえず、入れてって」

優しく、諭すように何度も訴える。今扉を隔てて目の前に立っているお前は、僕が知っているお前とはどこか違う気がした。いつものように扱ってはいけない気がした。

先ほど噴き出していた繊維はお前の綻びじゃないのか。お前どこか解(ほど)けちゃったんじゃないのか。この数時間の間に、お前どこか破れちゃったんじゃないのか。僕はただ、お前が心配で。

しばらく一人で語りかけていると、扉が開く音がした。僕はノブを引っ張った。開かなかった。

人の気配を感じて、少しだけ身を引いて隣を見やると、右隣の濃紺色の扉が開いて青年が一人顔を覗かせていた。訝(いぶか)しげな表情でこちらを見ている。

ツーブロックにした髪を耳にかけ前髪をハーフアップにした彼は男性にしては少し大きめの目を僕に向け、目が合うと少し頭を下げてまた扉の向こうに消えていった。不審者だと思われたかもしれない。

僕の背中をじめっとした空気が襲ってきた。気温は二度を下回るくらいで、とてもじゃないが汗をかくような暑さではない。でも僕の体温は上昇し急激に冷え発汗し、内臓やら筋肉やらを震わせ毛穴を弛緩させそして直後に緊張させている。張り詰めているのだ、僕の体は。

開いている隙間から光は見えない。どんよりとした蛇の鱗(うろこ)みたいな闇が、うねるように渦巻いている。そこにお前がいる。ただ立っている。もしかしたら開ききらないこの扉に凭(もた)れ掛かっているだけなのかも知れないが。

しばらく見下ろしていたが、お前の頭らしき部分はこそっともしないでそこから出てこないので、僕はこれ以上この場にいても無駄だと踏んだ。

「わかった。今日は帰るから。また明日な」

痺(しび)れるような冷たさの扉に手を添えて言えば、やはり返答はなく。掠(かす)れたような吐息だけが微かに聞こえた。

扉が閉まる。

最後までお前の姿は見えなかった。