第1章 闇の入口

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画面を切り替えてゲーム実況を始める。明日にはまた二人でやれるさ、さぁ、隣ではお前が笑っているんだろう? なんて気を持ち直せるのに、心がざわめく。隣を見つめた。温風に暖められた室内であるはずなのに、そこだけぽっかりと空洞が空いたように寒々しかった。

配信も終盤に差し掛かって、もう一回電話してみようかと提案した。

色めき立つ視聴者の声はもう警察に行ったほうがいいと言うもの、女の影を匂わせる声ものストーカーみたいだと笑うもの、混沌と交じり合っている。それらを尻目に僕は、出てくれよこのカスめと毒吐いた。

コール、コール、コール、コール、コール、コール。

長い呼び出し音が続いた。

配信終了まであと五分。出てくれ、と声達が懇願していた。僕は諦めていた。諦めて、どうするのだろう。この配信が終わったら、僕は連絡がつかないまま、僕はどうするのだろう。お前とこのままずっと連絡が取れなくなったら。

その時、コール音が止んだ。僕が切ったのではない、相手が電話に出たのだ。

僕はすかさずお前の名前を呼ぶ。

返答はなかった。

画面の半分、興奮した声が騒いでいる。急いで流れていたBGMを切った。

僕は名前を呼びながら激情型の人間を演じてお前に言葉を放った。きっちり三十秒文句を怒声で包んで。

それからお前の居場所を聞いて、安否を尋ねて、何をしているのか、何で連絡をしなかったのか、何があったのか、これは誰かと仕組んでいたことなのか、僕を陥れようとしてやったことなのか、それなら全然笑えないけれど、まぁ、全然笑えないけれどこれはもう解散案件じゃないですかね? と矢継ぎ早に四十秒。

落ち着くように僕を宥(なだ)める声達とお前の不在を咎める声達が混じり合って、やっぱりカオス。

電話の向こうは、誰もいないかのように音がしない。こちらもたっぷり三十秒。

おい、何か言えって。

余りに何も喋らないから、僕はまた名前を呼んだ。

微かに、風の音がする。ひゅうひゅう、ひゅうひゅう、ひゅうひゅう、ひゅうひゅう、ひゅうひゅう、ひゅうひゅう、ひゅうひゅう、ひゅうひゅう、ひゅうひゅう、ひゅうひゅう、ひゅうひゅう、ひゅうひゅう、ひゅうひゅう。

それは大勢の人間達にも聞こえていたようで、続く無言と相まって這い上がる不気味さが心臓を撫で上げた。マウスを握る手に汗が滲む。声達が静まっている。聞き耳を立てているのかもしれない。呼びかけている者もいる。僕もそれに倣ってお前の名前を呼んだ。

けれど、呼んではいけない気がした。開けてはいけない箱の鍵を僕は持っていない。だから僕はその箱を、その辺に落ちている鉄パイプで叩き壊そうと振り被って。

お前の名前を呼んだ。

数秒間を開けて。

「いたあああああいいいいいいいいよおおおおお」

錆びた釘束を血反吐(ちへど)と一緒に吐き出しているような悲鳴が、かろうじてお前とわかる声音で耳を劈(つんざ)いた。