いたあああああいいいいいいいいよおおおおお。
鼓膜で反響するお前の悲鳴が脳味噌に届く。けれどこれは僕の記憶の中の音で幻聴なのだろうか。幻聴は神経細胞を無視して生きている。脳の誤作動なのだろう。いや、僕は知っている。
僕は、知っている。
これがお前の絶叫であることを。
瞼(まぶた)を引き上げた。
天井に青く細いデジタル文字が浮かんでいる。
六時十一分。
顔半分まで引き上げた布団の中に潜り込み、体を丸めた。昨晩枕元に置きっ放しにしていたスマホを手に引き込む。半開きの目をそのままにタイムアウトしている画面をタップで起こした。暗所で光り輝くゴリラガラス。通知は一件もなく、僕はSNSを開いた。
昨日の放送はパニック状態となった。どんなホラー実況よりも恐ろしい叫びに、一瞬にして見慣れた画面は混乱に陥った。長年苦楽を共にしてきた仲の親友が上げたであろう叫声(きょうせい)に僕も視聴者を納得させ得る言い訳をまとめ上げることができなかった。
どうしていいか、わからなかった。通話はすぐに切れてしまったので取り敢えず、その場は状況が分かり次第お知らせしますとだけ告げて放送を終了したのだが。
開いてみると、こちらも荒れていた。
布団から這い出て体を起こす。ベッドから降りて部屋を出ると冷蔵庫を開けてミネラルウォーターのボトルを一本取り出す。キャップを回して口をつけた。起き抜けの粘ついた口内を冷やし喉を潤していく。
悪戯で、あってほしい。
僕への、不平不満を、悪い形で仕返ししようと思って。
それがただ単に失敗したんだ。
だから、そうであってくれよ。
忘れられないお前の悲鳴。それは脳幹から視覚野へ。
キャップを閉めてボトルを冷蔵庫に戻す。
部屋の東側、半分程開いたカーテンから朝日が入り込んでいる。柑子色(こうじいろ)に少し乳白色を混ぜたような柔らかい光が細く道を作り、絨毯(じゅうたん)の上に降り注いでいた。空気中の小さな埃が光に照らされて僕の目に映っている。
今だけは美しく見える。その本質さえ捉えなければこんなにも美しい。世の中にはそんなものがきっと、山程溢れている。僕はしばらく舞い散る埃を見つめていたが、とうとう嫌になって空気清浄機のスイッチに指をかけた。儚(はかな)いものなのだ、美しさというのは。
【前回の記事を読む】「いたあああああいいいいいいいいよおおおおお」錆びた釘束を血反吐と一緒に吐き出しているような悲鳴が、かろうじてお前とわかる声音で耳をつんざいた。
次回更新は12月28日(土)、20時の予定です。
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