第1章 闇の入口
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次に時間を確認したのは八時丁度だった。その間に僕は、シャワーを浴びたり愛猫に給餌(きゅうじ)をしたりトイレ掃除をしたりコーヒーを飲んだり読書をしたりと、中々にタイトなタイムスケジュールをこなしていた。
そうしなければ頭の中でお前の悲鳴が何度も繰り返されてしまうのだ。そうしてやっと一息ついた所でスマホを取り出し、お前の番号に電話をかける。
事務的な電子音が続いたが、結局は繋がらない旨のメッセージを聞かされるだけだった。五回程チャレンジしたが結果は変わらず。僕は椅子に座り直し足を組み替え、アプリケーションをタップしてお前の名前を呼び出す。メッセージを送った。
『電話、出られない?』
『寝てる?』
朝の八時じゃ、寝てるか。日曜だもんな。寝てるかもしれないな。
お前は寝ない時が多いけれど、寝る時はよく寝る奴だ。僕はもう少しだけ待つ事にしたが、内心焦っていた。
正午を回った頃から、僕はお前に一時間置きに電話をかけ続けメッセージを送り続けた。そしてそのどちらにも反応はなかった。途中共通の友人から心配の連絡はあったが、それには大丈夫だった、迷惑かけてごめん、とだけ返した。
そう言っておけばいいのだ、とりあえずは。だって僕にも何が何だかわからないのだから。そしてきっと大丈夫なのだから。僕は間違った返答などしていないはず。
リビングの椅子に腰掛け、二つあるうちの右側の部屋に続く扉を見やった。
お前の悲鳴が録音されているあのパソコンが置かれたその部屋には入りたくなくて、僕はそこに近寄れないでいた。足を踏み入れた途端に、お前のあの声が部屋中に響き渡りそうだった。
壁に染み込んでいるような気さえするあの絶叫は、死に直面した人間が吐き出すそれだと思う。3TBのHDDに取り込まれたお前の悲鳴はディスクを傷つけながらアームを折り曲げ、サスペンションを腐食させて這い出てくるのだ。そうやって怨霊のように部屋全体に取り付いて、入る者を取り殺すのだろう。
妄想もここまでくると現実味がなくなるかな。去来する思考に立ち上がってコートを羽織る。幾ら待ってもお前からの連絡は来ないし僕からの言葉は伝わらない。ならば行くしかあるまい。
元来、僕はうじうじと悩むのは好かないのだ。