「俺は、お前が一刻も早く、この奈落に落ちてこぬかと首を長くして何カ月も待ち侘びていた。人間の月日の数え方も、とうに忘れ去ってしまって、どのくらいの日数が経ったのか定かではないが、とにかく、長いこと待っていた。自分だけがこのような境遇に一人でいるのが我慢ならぬ心地がして。そして、ついにお前さんもこのゴミ地獄に落ちてきたという訳だ」

「では、この穴に落ちたのは、わしが初めではなかったのか?」

「そういうことになるな。ところで、俺が自分の体の変化に気が付いたのは、ここに落ちて一カ月ほどした時のことだった。その頃はまだ人間の頭が多少なりとも残っていたから、今でも鮮明に蘇る。

しかし、このゴミ塊の中で蠢(うごめ)いているうちに段々と体の変化が進み、徐々に心の中にもそれが及ぶような気がして、それが一番恐ろしい。二カ月を過ぎた辺りから髪が抜け落ち、それが体中に広がって体毛もすっかりないようになった。

そう考えるとお前は十日前後でその形(なり)だ、俺よりも進行が大分早いと見える。それから、その後も変化が続き、三カ月を過ぎた頃には、とうとうこのような蛆の姿と成り果ててしまったのだ。俺だって、元はれっきとした人間だった。名前だってちゃんとある」

「人間様が蛆虫になるなんて、そんな馬鹿げた話、聞いたこともないわ。大体お前は何者だ。変てこな着ぐるみなんぞ着込んで」

「信じられんのも無理はないがな。ああ、何と言ったっけ、少し待ってくれ。昨日までは覚えていたのに。このような姿になり始めてから、日を追うごとに物忘れが進み、記憶も薄れていく。ますます元の姿から遠ざかっていくようで、何とも恐ろしい。近いうちには本当の蛆に成り果ててしまうのだろうなあ」

蛆虫の目は虚ろだった。そして続けた。

  

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