【前回の記事を読む】老人と不気味な契約を交わした日から数日後、机の隙間でUSBメモリが静かに光った

塵芥仙人ごみせんにん

そして、ゴミ処理場での老人との出会い、彼が語った物語も笑止千万とばかり、すっかり忘れ去ろうとしたのである。しかし、生真面目な彼にとって、どうしても拭い去れない記憶があった。それは、他でもない、老人と交わした約束事である。

もし、今回のありがたき結果が老人の力によってもたらせられたものであるなら、期日内に詳しい経過を報告しなければならない。同時におのれの余命から十年をも差し出すことになる。人生の終盤を迎えた有三にとって、この十年は非常に大きい数字であった。

ふと脳裏に優しい妻や可愛い二人の娘の顔が浮かんでいた。一介のゴミ処理場の番人が、時間を繰るなんてこんな馬鹿げた話もないものだ。ごく自然の成り行きで、そこに元々落ちていた物を、自身が見つけ出したにすぎない。そう決め込もうとする卑怯でずる賢い自分がいた。

結局、端から丁寧に捜してさえいれば、あの老人を頼らずとも失せ物は見つかっていたとの思いを強めていったのだった。

有三は、見つけ出したUSBをもとに、早速、成案のチェックを行い、提出書類の作成をその日のうちに済ませた。翌日の最終打ち合わせを皮切りに、九月の運営委員会、十月の議会と会議はすべて順調に進み、業者との正式な契約も取り交わされて、開発計画は、実行に移される運びとなった。

有三は行政マンとして最後の事業を成功に導き、慎ましやかな名声を博して、定年を迎えることができたのだった。

「失せ物が見つかりし暁は、一週間以内に報告をし、めでたき結果の対価を支払う」

あの時、血判を押してまでして、老人と固く結んだこの約束は、彼の記憶からとうに失せていた、いや消し去ったと言うのが正しかろう。確かに認知症の兆候は窺えてはいたが、自分の命の長さと引き換えにした恐ろしい約束をなきものとするには、すべての記憶を一刻も早く忘れ去る、そのような精神的な防衛本能が働いていたのかもしれない。

その後、彼は、自分の行為のみを正当化し、あのゴミ処理場で出会った老人や彼が語った話を、一度として思い返すことはなかった。