この光景を見ていた近所の女将さん達が割烹料理屋の店主の傍で、

「ゲンさん、止めなよ! そんな物騒なことは!」

「お願いだからゲンさん、包丁を持ち出すのは止めて!」

「ゲンさん包丁を捨てて!」と泣きながら止めに入る。

トラヤの店主は「ゲンが持っている包丁をこの手で叩き落としてやる!」腕を捲って身構えた。

「サー、来るなら来い。かかってこいヨ!」とドスが効いた低い声で啖呵を切った。

その内、飲食店街の女将さん達が止めに入ったことで、割烹料理の店主は、感極まったのか体が震え出し、子供のような大きな声で泣き崩れて持っていた包丁を地面に落とした。

そして、女将さん達は、割烹料理屋の店主の傍で、近所の女将さん達が「ゲンさん良かった」

小料理屋の女将さんも「何事もなく良かった」

居酒屋の女将さんも「大事にならなくて良かった」と言って泣き出している。割烹料理屋の店主を近所の女将さん達が宥(なだ)めている。

そんな人達が住んでいる飲食店街である。私は、幼い子供ながら飲食店街の女将さん達が揉め事を止めたことに力強さを感じた。

寿司、焼肉、スナック、バー、小料理屋、お茶屋、紳士服、洋装店、もつ煮込み専門の飲み屋。

当時超有名な「ひげの銀月」は、大鍋で煮込み、食材は、大根、モツ、にんじん、ニンニクを秘伝の醤油ダレで継ぎ足しているようなので、一度も鍋を洗っていないと思われる。

名物煮込みの縄のれんのあるお店がある飲食店街である。その一角で、亡くなった母親が四坪の洋装店を営んでいた。

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