二、高校受験失敗から補欠募集への回想

顧客は、バーやキャバレーで働く女性達である。

男性客が好む衣装をシンガーミシン三台で仕立て、女性達の好みの生地を裁断して、ボタンもオリジナルのオーダーメイドで提供する洋装店である。自宅は洋装店の二階、トイレと風呂がなく脆弱な住居環境であった。

幼少の頃にあった共同井戸は、昭和三十七年頃になくなり、商店街の各世帯に水道と都市ガスが入って、少しだけ文化的生活になった。

脆弱な家屋は変わらない。トイレは、飲食店街の共同トイレで汲み取り式。風呂は、自宅近くの銭湯・富士乃湯に通っていた。

その日の夕方に、隣町の中学校に通うヨシ(谷川義男)が、銭湯に誘いにきた。

「マッチャン、富士乃湯に行こうぜ」と玄関の引き戸前で叫んでいる。「わかった、直ぐ行くよ。用意するまで、待っていて!」着替えの下着と手拭いに石鹸を用意して玄関を出る。

富士乃湯に着くと下足棚に履物を入れて、男湯の暖簾をくぐり、番台のおじさんに入浴料を払い、脱衣室で西が誘う都立高校の補欠募集の話をした。

「本当にしつこい奴で、都立高校の補欠募集は受験しない、と言って断っている。それでも誘いに来るので、困っている」と困惑した表情で言った。

「そんなにしつこいのかぁ?」

「連日だよ! 本当にしつこい奴だよ! 昨日も自宅に来た」風呂場の湯船の中でも西からの高校受験の話を続けていた。

ヨシは「そいつは何故、そんなにしつこく、都立高校の補欠募集にマッチャンを誘うの?」

私は「一昨日は、お前のことを友人だと思ったことないと辛辣なこと言って断っているのに、何故か自宅にしつこく誘いに来る。理由はわからない」と答えた。

「マッチャンを誘わずに一人で受験すればいいことジャン!」西の企みを疑ってみたが思い付かなかった。