祐介は、美沙が安田に対してしていたように、川村に対しても思わせぶりな態度をとったのではないかと疑った。しかし、本人にはそういう自覚はないようだ。その自覚のなさが困る。大体、男がアパートを訪ねて来ることを話すこと自体、おかしい。無神経だ。
「そうそう……。あのさ、祐介君、お願いがあるのだけど……。あなたが私の彼氏ということにしておいてくれないかな?」
祐介は、その突拍子もない提案に、思わずコップの水を気管に入れてしまい、むせ返った。
「オイオイ、冗談言わないでくれよ」
「冗談じゃなくて、私を助けると思って……。このままだと何されるか分かんない感じなの。最初は、咲子の知り合いだと言うから安心してたけど、最近は部屋に上がり込んで、話もろくにしないで、ただタバコをふかして、私を眺めているだけなの。気味が悪い。この通りお願い……」
美沙は口元で両手を合わせ、上目遣いで、眉間(みけん)にシワを寄せた。
どうやら美沙にとっては、話題がないと間が持たない相手らしい。自業自得だろうと祐介は思いながら、何も言わずその仕草を見ていた。また一役買うことになるのか。
こういう同じようなことが繰り返されると、何か厄病神にでも取り憑かれているような、そんな気さえする。そして、この場から逃げ出したい気持ちになった。しかし、美沙の恋人役というのは、祐介にとってまんざら悪い役でもなかった。そう、自分の浅ましい気持ちが急に頭をもたげた。
祐介が美沙と肩を並べて歩いたり、一緒に食事をしたりしていると頻繁に人の視線を感じた。それも男の視線だ。それは祐介に対するものではない。もちろん美沙に向けられるものだった。
自分に視線が向けられたとしたら、それは美沙との比較に過ぎない。美沙が日本人離れした色白の目鼻立ちの整った顔立ちであることは認めるところだ。それ以上に男の目を惹く女だということを感じずにはいられなかった。
それは、何気ない仕草だとか表情に、美沙の内面が醸(かも)し出す男を誘う何かが浮かび出るものなのだろうか。それが意識的なものなのか、あるいは無意識に発せられるものなのかは分からない。
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