「だが待テヨ‥‥」

骸骨は顎の下に手を当てるとくるりと振り返った。一瞬物陰の人と目が合ったはずなのだが、それには気づかなかったようだ。その人が身体を硬直させたのは言うまでもない。

骸骨はまた背を向け、海の方を見て唸った。だがそう上手く話が進むだろうか。あくまでも標本であって本物ではないのだ。つまり作りものであるからして、材質は樹脂か何か不明なのだけれども、山中にどやどやと人が駆けつけた時に、「こいつは偽物だ」ということになるんじゃないか知らん。すると警察では取り上げてくれないし、新聞にはこう出る。

『松本市奈川の山中に偽の白骨死体、イタズラか?』

すると首をポッキリ折られることもなくなるし、顔にペタペタ粘土を貼られることもなくなる訳だ。

何だかがっかりした。首をポッキリ折られる、それはまあ歯医者へ行くようなもので何とか我慢する。次いで顔にペタペタ貼られるのはムズ痒そうだが、これも我慢する。そして仕上げの点晴にはこの愛用の目玉を入れてもらおうと思っていたのだけれど、これが全ておじゃんになる訳だ。骸骨は「ホウ」というような溜め息をつくとまた膝を抱えた。

「ヤッパリ渋谷先生に頼めば良カッタのカナァ‥‥」

そう呟いて自分で吃驚してしまった。すっかり忘れていたのである。頭の中が空っぽだから忘れっぽいのかも知れなかった。 

そこで気を取り直すと早速ハガキを出そうと思った。きっと心配しているはずだから、ここに落ち着くことに決まったらすぐにでも出そうと考えた。

「オヤッ、迂闊ダッタ」

突然頓狂な声を上げた。もし死体ということになれば火葬にされかねなかったのだ。死体であれば、骸骨は既に白骨なのだけれど、焼かれて土の中に放りこまれるに決まっていた。生きたまま棺桶ごと焼かれる姿を想像してゾッとした。胸がドキドキして暫らく納まりそうになかった。

いずれにしろ碌なことにはならないのは明らかだった。骸骨は胸を撫で下ろした。山中でふて寝をするという愚行をしなかったことにホッと安堵の息を漏らしたのである。

【前回の記事を読む】岬の突端に古びた小さな神社がある新潟県の海浜に来た骸骨。毎日ぼんやりと海を眺めながら…

次回更新は12月27日(金)、11時の予定です。

 

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