思い詰めた顔のリリスが、実は……と言いかけた時、後ろから来たバルタザールが、黙って彼の肩に手を置いて、それを制した。
「ラフィール、早くカザルス様の所へ行け」
バルタザールの冷たい声音と、すべてを押し殺したような無表情が、よくないことを予感させた。回廊を足早に進みながら、その予感はどんどん膨らんでラフィールの胸を圧迫した。
バーラスがいたのだから間違いはない……。小姓に通されてカザルスの居間に入った時には、もう大方の覚悟をつけ、ラフィールは震える心を鎮めながら、何を聞いても驚かぬつもりでカザルスの前に進み出た。
ところが、慎重に、順序立てて伝えようとするカザルスの話は、ラフィールが準備してきた冷静さなどたちまち剥ぎ取った。
目の前にいるカザルスが、たった今自分に伝え聞かせたことが、ラフィールの頭を素通りする。
話を聞いている最中は恐ろしいほど話の先を予見したのに、全部聞いてしまったあとは、まるで穴が開いていたように今聞いたすべてがこぼれ落ちている。
それなのに体はへなへなと力を失って、腹の真ん中で自分を支えていたものが、今は足首のところまで脱げ落ちてしまったような気分だ。ラフィールは折れ曲がりそうな上半身を抱えながらその場に立ちすくんでいた。
オージェにいたファラーとユリアが死んだ……死んだ? 母までも!
前日はこの季節にしては珍しいほどの温かさで、午後になって少し雨が降った。
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次回更新は12月18日(月)、18時の予定です。
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