顔だけこちらに向けたバーラスは、妙に暗い目をしていた。
ラフィールを見て何か言いかけたが、途中まで出かかった言葉を呑み込むと、苦しいような表情をしてそのまま行ってしまった。
何だあいつ、相変わらず感じの悪いことをする。ラフィールは逃げ去るようなバーラスの後ろ姿を、きっと睨んだ。
それにしてもあいつ、何をしに来たのだろう? 呼び寄せられたのでもない限り、オージェに行った者が勝手に戻ってくることもないだろうに……。
普段から愛想のいい顔など見せたためしはないのだから、別段気にすることもないのだが、さっき見た表情には、いつもの人を見下したような高慢さはなく、むしろ精気のない、怯えのようなものが感じられた。どこか具合でも悪いのだろうか。
どう考えてもあのバーラスらしくはなかった。
エトルリアを厩舎に繋いで出たところへ、向こうからリリスが彼を見つけて走り寄った。
「ラフィール、戻ったか」
戻ったも何も、いつだって出かけた者はこうして戻ってくるだろうに、何を今日に限ってそんなことをわざわざ言いに来るのかと妙に思ったが、ここでリリスに会ったのは好都合だ。
「リリス、さっき誰に会ったと思う? はじめは人違いかと思ったんだけど、そうじゃなかったんだ。バーラスだよ。バーラスがここに来ていたんだ」
ラフィールはリリスの驚く顔を期待して、ちょっと大袈裟 に報告してみたが、彼は気も漫(そぞ)ろな様子で、なぜかもじもじと落ち着かない。
「どうしたの? 何か変だよ」
「ああ……そうなんだ」