第1章英語教師は英語をどう教えているのか

第2節 教師の話し方について何がわかっているのか

第1項 インストラクショナル・スピーチ(IS)研究とは何か

日本の近年の論争としては2009年前後に論壇を賑わしたものがあります。この年、授業での英語使用を原則とするという国策を導入した学習指導要領の公布1にあたり、英語教育における日本語(国語)をめぐる議論が活発化しました2,3,4,5,6

また、より最近の出来事としては、発展が非常に目覚ましいICTや人口知能(AI)の学校現場への導入(電子黒板や自動翻訳技術、生成AIなど)を新たな契機として、今後もまた同様の論争が高まることが予想されます7

中でも、米国のOpenAIがいち早く社会に投入したChatGPT8が米国や欧州をはじめ全世界の教育現場に与えた広範囲にわたる衝撃と影響は、今後、生成AIを学校現場でどのように活用していくべきなのかという前例のない課題を突きつけており、英語教師のバイリンガリズムを中心テーマとするIS研究を発展させる上でも待ったなし、喫緊の課題だと言えます。

他方、英語教育の分野ではカナダの論争と類似した課題への指摘が日本や近隣アジア諸国でのIS(バイリンガル)言語比率や言語交替(コードスイッチ)の観点からなされてきました6,10,11,12,13

この問題を考えるために、アジア諸国とは対照的に多くの学習者母語を一つの教室内に持つ欧米諸国の教室の例を見てみると、授業中の外国語(英語、仏語、独語など)に対する母語行使率は平均して10%から30%と低い傾向が見られます14,15,16,17

これは、地域の共同体の言語的な特徴に負うところが大きいことによります。多くの欧州やアメリカ・オセアニア大陸の国々は地続きの地勢や開かれた移民政策などにより多数の母語話者が存在する教室環境にあります。

これにより、互いの意思疎通に加えて目標言語である英語がそのまま授業における共通の介入言語となる必然性は高まり18,19、複言語政策を取るEU諸国に典型的に見られるように、そうした国々の英語教育は外国語教育としてではなく、地域社会における第2、第3言語となる生活言語を学ぶという性格が強いことから教師の英語行使率は自然と高まるのです21,12,22,23,24

一方、学習者と教師が最初から一つの多数派母語を共有する日本や韓国、中国やタイなどの東アジア諸国の母語行使率は60%から80%と、欧米に比べて顕著に高くなります25,26,27,28,29,30,31,32,33

この状況に対し、Littlewood & Yu(2011)は、アジア圏の英語教育は外国語教育としての社会的側面に加え、聞き、話すといった日常の生活言語としての役割以上に、英語を読み、書くという、教育を通じてのよりアカデミックな、達成度による評価を伴う側面を大とする特徴があり、のことからも母語の認知支援的あるいは情緒支援的な諸側面(動機づけや理解促進、不安解消など)を無視することは難しいと述べています33

また、Chapple(2015)は、同様な観点から、日本での2言語行使による英語授業は、教師が日本語発話を単に英語発話に置き換えればいいというような単純なものではなく、欧米とは異なる環境を背景として、両言語を質的に上手く駆使して教えることができる熟練技術と専門性の向上が必要だとしています34

例えば、金谷(2004)は、日本人教師が学校で効果的に英語行使をするには、生徒に合わせて調節できるほど十分に英語能力が高いことに加え、生徒が十分に理解できる教材を適宜提示できることをあげ、単に教師の英語力の高さだけではなく、その英語力を様々な教室状況(教室環境)に活用できる適応力の重要性を指摘しています35

今日、学校でのバイリンガルの発話を前提条件とする日本を含む東アジア諸国では、学校教育における外国語としての英語行使をめぐるこうした国際的な共通課題の解決へ向け、母語行使を抑制(母語へ過度に依存することを回避)しつつ、それに応じて英語行使を増大させることを目指す方法への模索が必要で、教師にはそのための的確でバランスの良いIS行動が求められていると言えます34,36,25,33,37