褒められて、なんとなく恥ずかしくなった。憧れの女性に認めてもらって、これから夕飯を食べに行くのだ。そのあとのボールは、少し暴れた。それにしても、彼女の批評は、相当に玄人っぽい。

私は、クラブをキャディーバッグにしまいながら聞いた。手はクラブを片付けていたが、目は彼女の目を見ていた。

「何を食べに行きましょうか」

彼女は、首をちょっとかしげ、私を見ていた目をそらして、ゆっくり瞬きをした。

「回転寿司。どうですか。ほんとは、どこかの割烹といきたいところですが、車だから、お酒飲めないでしょう。今日は、食べるだけでどうですか」

私は、かなり満足して賛成した。なぜなら、次は、飲みに行ってもよいというニュアンスが彼女の言葉から感じられたからだ。しかも、洋食でもなく、イタリアンでもなく和食が好きな人に思えたこともうれしかった。自分と同じ好みだ。

回転寿司のお店で、自己紹介をした。彼女の名前は、深沢桔梗といった。私は、名前と職業が高校の教員であることなどを話した。

もちろん、次に練習場で会うことも約束した。

こうして、ゴルフ友という形で、交際が始まった。それからひと月くらいは、いつ終わりが来るか、びくびくした。近いうちに、彼女の恋人か何かが現れて、私は彼女のことを忘れなければならなくなるときが来ることを。

なぜなら、彼女は自分には、美しすぎる人だからだ。また、素敵な性格だからだ。しかも、ゴルフが上手だ。分不相応の相手を恋人に持つということは、友達に対しては、誇らしく、自分にとっては、この上なく幸せなものではある。

しかし、いつも気を使い、自信のなさを悲しみ、別れが来ることに怯えてその女性と付き合っていくことになる。彼女の美しさに比べて、私は、美男子ではない。またゴルフが格別うまいわけでもない。自分のとりえと言ったらうそをつかないことぐらいだ。

そんな不安が少し薄れることが起こった。知り合って、ふた月ほど経った頃だった。

その日は、私の前の打席で彼女は練習をしていた。そこへ、例の男性が、彼女に話しかけてきた。はじめは、ショットのよさを褒め、感激し、次に、改善すべきことを話す。

今日は、スウィングのスピードを速くしろと言ってきた。ピュンとかビシッとか擬声語を使いアドバイスした。いや、アドバイスとは言えない。なぜなら、改善する具体的な方法は、言っていないからだ。要するに、ひとこと言いたいだけなのだ。

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