第1章 人間じゃないの

「実は、私人間じゃないの」

「またまた。じゃあ桔梗さんは猫か。ごろごろ甘えるのが好きな……」

「あたしは、姿は人間だけど、ヴァンパイアとかの仲間だと考えてもらえば分かりやすいかな。日本の民話では、『雪女』だと思ってくれればいいと思う」

「それにしては優しいし、息だって、温かいでしょう」

彼女の家で夕飯をごちそうになって、最後にメロンを食べようとしているときだった。私は、冗談を言っているのかと思った。

「本当のことを話すから、きちんと聞いてくれる」

そう言うと桔梗さんは私の左手を取って、フウっと息を吹きかけた。

「いてっ」

思わず私は手を引っ込めて、顔をしかめた。息は相当に冷たかった。冷たいのを通り越して、痛く感じたのだ。私は息がかかった手の甲をさすった。彼女はもう一度私の手を取った。

今度は何をされるのか不安だったが、なぜか抵抗できなかった。今度は冷たくなった部分をゆっくりと撫でてくれた。ほどなくその部分が温かく感じられ、元の手に戻った。

「私の全てを話すと相当時間がかかるから今日は簡単に話すわ。そして、私を嫌いにならなかったら、これから時間をかけて私を理解していってほしい」

私は、彼女が雪女だということを信じた。手の冷たさは催眠術などではなく、本当に彼女の息のせいだと思った。未知の人との出会いなのに、不思議と冷静でいられた。

彼女との出会いは、2か月ほど前のある朝のことだった。

私は、肩にかけていたゴルフのキャディーバッグを下ろすと、足腰のストレッチにかかった。体の各部位を動かしながら周りの客を見回した。

今日は、知り合いはまだ誰も来ていなかった。五月晴れの朝、私はいつもより早めにゴルフの練習場に来た。土曜日の朝7時30分は、私の友達にとっては、相当に早い時間だ。30歳前後の世代は、この時間、昨日の酒の二日酔いでもがいているか、仕事に疲れて寝ていることだろう。

私はいつものようにウェッジから打ち始めた。まずは短い距離を打つクラブから始めて、だんだん長い距離を打つクラブへと進む。