第1章 人間じゃないの
私は、女性を見た。彼女もこちらを見た。微笑んだその人は知的な雰囲気で整った顔立ちだった。少し開いた口からは、歯が見えた。明眸皓歯 (めいぼうこうし)の形容がぴったりの人だ。まだ、話してもいないけれど、きっと気の利いた人であろうと思った。
「グッドショット」
と言う代わりに、私は親指を立ててサインを送った。彼女は、チョコンとうなずくように挨拶を返してくれた。一体この女性のゴルフの腕前は如何ほどだろうか。シャンク(打ち損じてボールを右のほうに飛ばす)をして思わぬ方向へ打ったかと思えば、女性らしからぬ素晴らしいボールを打つ。持っているのはおそらくスチールシャフトの9番アイアンだ。
「あのシャフトの硬さはレディース用ではないな、男性が使う標準のRか……。ヘッドスピードも速い!」
私は自分のボールを打ちながら、後ろの打席のボールを打つ音に耳を澄ました。
やはりうまい。相当によい。自分よりうまいかもしれないと思うと、少しがっかりした。下手くそだったら、アドバイスするチャンスがあろう。しかし、自分よりうまい人に、アドバイスなどできない。かといって気安く自分のスウィングについて聞くわけにもいかない。
話すきっかけのつかみにくい美女だなあと思った。
「いいボール打ちますね。すごくお上手なのですね」
後ろから、声をかけられた。初めて会った人に打ったボールを褒められるなどという、そんなことってありえないのにと思いながら、
「ありがとうございます。でも、まだまだですよ」
「そんなことないでしょう。すごいです。何が足りないのですか」
「ドライバーの飛距離と精度。それとロングアイアンのコントロールも、もっとよくしないと」
「今も十分お上手じゃあありませんか」
「ありがとうございます。でも、自分の周りにはすごく上手な人がたくさんいるのです。少しでもその人たちに近づきたいのですよ」
私がそう言うと、彼女は、微笑んで、それ以上話すことはないとでもいうように小さく2度うなずいた。キャディーバッグから長めのアイアンを取り出した。彼女のキャディーバッグは、一般的に有名なブランドとは違う。そのメーカーは、ちょっと洒落ている。黒く細身でスタンド式というデザインが、彼女にぴったりだと思った。