第3章 回転寿司
次の土曜日も日曜日も、彼女は練習場に来なかった。やはり自分には縁のない人なのだとあきらめて、練習に集中しようとした。しかし、数球ボールを打つ度に周りを見渡して、彼女が来ていないかとチェックした。
この頃、日に何度も考えてしまう。まだ一度会っただけなのに、私の心は、河原左大臣(かはらのさだいじん)の如くに「乱れそめにし」になってしまった。
2週間後の土曜日、やっと彼女に会えた。私が練習を終えて帰ろうとしたとき、ばったり会った。残念ながら、挨拶しただけのすれ違いになった。もう一度打席に引き返し、彼女と話そうかとも考えたけれども、車に乗り込むと、一度深くため息をついて練習場を後にした。
それから3日経った火曜日の夜だった。仕事帰りに練習場に寄った。4、50球打ったところで声をかけられた。
「今晩は」
思いがけなく彼女だった。私の後ろを通り、空いている打席に向かうところで、声をかけてくれた。私は、十年の知己にでも会ったかのように感じた。軽く会釈した。
「今晩は。珍しいですね。夜練習に来るなんて」
「日曜日に来るつもりだったのですが、用事ができてしまったのです。今日は仕事を切り上げて来てしまいました」
彼女がキャディーバッグを置いたのは私の席の3つ後ろだった。彼女がストレッチをしてボールを打ち始めるまでの間、私は一球一球とても緊張してボールを打った。ちょうど7番アイアンで練習していた。
普段から練習で使うクラブの順番は決まっている。まず、サンドウェッジ、次にギャップウェッジと短いアイアンから順に使っていく。今夜は、その後9番アイアン、7番アイアンと来た。幸い7番アイアンは私にとって打ちやすいクラブだ。
高めのいいボールを打つことができていた。私は背中に彼女の視線を感じながらボールを打った。本当に彼女が、私を見ながらストレッチをしているかどうかは分からなかったが。
彼女が何球か打ったところに、年配の紳士が来た。
「お姉さん、いい球打つねえ。音がいいし飛んでるね」
「ありがとうございます」