後ろから、60代くらいのおじさんと、彼女との会話が聞こえてきた。あんな歳になっても、女の子に声をかけるおじさんがいるのだ。自分のクラブを左手に持ち、クラブに寄りかかりながら、彼女が打つのを、彼女の真後ろで見ていた。

彼女は、9番アイアンと思われるクラブで打っていた。力まず、打ち抜いたボールは120ヤードの表示板のほうに飛んでいった。練習初めに力まずに打っているのだろう。それにしても、『飛んでるね』とは、おかしな褒め言葉だ。

120ヤードというのは、飛ばす距離ではなく、狙う距離だからだ。彼女は、決して飛ばそうとしているのではない。

彼女は、真後ろの男性を気にするでもなく、120ヤードの表示目掛けてボールを打った。その姿は、私も素敵だと思うのだから、彼が見とれるのも無理はない。しかしだ、開始早々、真後ろでじろじろ見られながらボールを打つのは辛かろう。

私は自分のクラブを5番アイアンに変えながら、彼女のほうを振り向いた。

「ビシュッ」というのが正しく音を表しているかどうか分からない。とにかくいい音を立てて彼女はボールを打っていた。

「ちょっと手打ちになったねえ。もっと体回してビュッと振り切ってごらん」

おじさんがアドバイスした。彼女は、にこりと微笑み、2度素振りをしてボールを打った。真っ直ぐ120ヤードの表示目掛けて飛んでいった。

練習場では、女性は目立つ。特に容姿端麗な女性には、みんな話しかけたい。その話しかけたいみんなの中で、一人か二人の勇気がある男性が、女性と話をするという栄光に浴する。

まあ、ある程度のゴルフの技量がなければならないだろう。しかし、あんな打ち方で、技術の話やアドバイスをするのかと疑問を持つようなスウィングの男性でも、空元気があれば、平気で話しかけることができる。

元気というよりは、厚顔無恥というほうがいいかも。と、話しかけるのに躊躇している自分が、話しかけた勇者に劣等感を抱きこんなことを思っているのだが。

今、彼女と話をしているおじさんは、いつもピッチングウェッジでフルショットする人だ。100ヤードを狙い、次に、ハイブリッド(ユーティリティー)で、140ヤードを打っている。

あのおじさんは、人に、昔はボールがもっと飛んだだの、シングルだっただのと語っている。昔はどうあれ、あれで、人にアドバイスするとは、見上げた根性だ。彼女に話しかけられずにいる自分は、やっかみでアドバイスおじさんをけなしている。

私は、自分の練習に集中した。5番、4番アイアンと打って、ハイブリッドの22度を使った。続いてクリークを打った。ちょうど200ヤード方向を狙っているとき、例のおじさんが彼女の後ろを離れた。

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