第3章 回転寿司

私は、勇気を奮い起こして彼女の打席にゆっくり歩いて行った。

「おじさんのアドバイス効果があった?」

「まあそれなりに」

微笑んで答える彼女の目元が、いつもより優しく感じられた。

「もっと早く私のところに来てほしかったのよ」

「え、なんで」

「……」

彼女はその質問に答えず、6番アイアンを取り出した。ビュッと風を切る音がした。ボールは、ややフェードしながら150ヤードの表示の手前に落ちた。6番アイアンは好きなクラブのように見えた。もしかして、彼女は人を悪く言わない人なのかもしれないと思った。

アイアンをドライバーに持ち替えながら彼女は、私の顔を下から見上げるようにして言った。

「お腹がすきました」

もう8時近い。練習に夢中になっていて、腹がすいてきたのを忘れていた。自分を見ていた彼女の目を見て、私はまるで親しい友人にでも言うようについ言ってしまった。

「夕飯、一緒に食べに行きませんか」言ってしまった後、悔やんだ。焦ったと感じた。まだ会ったのは、3回目だ。そのうちの1回は挨拶だけのすれ違い。

見上げていた彼女は、すっと立ちながら、私の目を見た。その目は、やたらと澄んでいた。瞳は深く黒い。見開いた目が、やがて微笑んだ。

「行きましょうか。でもその前にドライバー打たせてくださいな」

「100球ぐらい打ちますか。待っていますよ」冗談交じりに、多めに言った。

「いえ、200球打つ間待っていてくださいませんか」

「いいですよ。僕も200球くらいは打ちたいから」

冗談のつもりで話していたが、彼女は本当にこれから200球打つかと思われるようにショットを放ち始めた。10時になって夕飯はお預けかなと思った。これが彼女の断り方なら素晴らしい言い方だ。

しかし、そのあと5分くらい打ったところで、私の後ろにやって来て、椅子に両手をかけ、私が打つのを見ていた。ゴルフなんて、いつも人に見られてボールを打つスポーツだ。私は見られているからといって、気にするということはなかった。

でも、今夜は違っていた。いつもより大切にボールを打った。よいボールを打ちたかった。コントロールされたボールを打ってもそうでなくても、彼女はじっと見ていた。

「上手な人の打つのを見ていると参考になるわ」

「そうですか。でも、僕は、そんなに上手じゃありませんよ」

「上手ですよ。ゆっくり振り上げて、インパクトの後もクラブのスピードが落ちないのですもの。フィニッシュが決まってかっこいいです」