「父上、私もアンリ様のもとへ奉公に出てやがて十年になります。習うべきものは習い、見るべきものは十分に見て参りました。そろそろ父上のお傍で治世の実践を学びたいのですが、お考えいただけないでしょうか」
握った手には汗が滲んだ。ジェロームは目鼻の整った顔立ちをしているのだが、緊張したり考え込んだりする時に口元を窄めてしまう癖がある。
本人は気づいていないようだが、心の動揺が相手にはすぐにわかってしまう。台帳に目を落としていたバルタザールも、はっと顔を上げて注目する。
「そうだな。いずれまた考えておこう」
たったそれだけか!
特に考慮した様子もなくあっさりと返答する父に、ジェロームはそれで済まされてなるものかと食い下がった。
「父上! アンリ様はゴルティエ殿のご葬儀以来、以前にも増して頻繁に周辺諸国と連絡を取り合い、着々と地固めに励んでおられます。いずれ玉座にも手を伸ばす日が来るのではないかと、傍で見ている私は案じます」
「そうであろうなあ。だが、あれは王の弟だ。仮に王が不在になった場合、玉座を預かるには最もふさわしい男じゃと儂は思うが」
真剣なジェロームに反して、カザルスは鑢で爪を磨きながら呑気な受け答えだ。
「同じ一族で治める王国であるなら、父上にもその資格がおありでしょう。統一を遂げた大足王は我らにとっても同じ祖先、知ったかぶりのアンリなど父上の足元にも及びません!」
悠長なカザルスを相手に、ジェロームは語気強く意見した。
「つまりお前は儂にも王位を狙うだけの野心を持て、と言いたいのか?」
カザルスは片眉をつり上げた。
「野心などとは……」
これは天命だ!とジェロームは心の中でいきんだ。