そのときふと、草のあいだに、一カ所だけ、暗く、くぼんだところがみえた。

「あれはなんだろう」

ころびながらそばにいくと、深い草の底で、ネムが、ジドをだいて眠っているのがみえた。

これをみた母さんは、泣きだした。

「この子たちをひきはなすなんて、かわいそうで、できやしない。いっそのこと、もうあの家をでて、どこか、よそでくらしましょうよ」だが、父さんは首をよこにふった。

「そんなことはできないよ。たとえよそにいっても、仕事がみつからなかったら、乞食をしなければならないじゃないか。そうなったら、だれがこの子たちをやしなうのかね」母さんはうなだれた。

それをみて、父さんは、自分で自分にいいきかせるように、

「わしらのすることは、これからさき、ネムがひとりで生きていけるようにすることじゃないのかね。だから、かわいそうだけど、ジドを旦那にわたすのが、いちばんいいんだよ」と、しぼりだすような声でいった。それから、そっとネムをかかえあげると、母さんにジドをだかせて、家にかえった。

朝になると、旦那の使いがようすをみにきた。母さんはネムとジドを毛布のしたにかくしたが、父さんは、使いがかえると、母さんの手をふりきって、ネムとジドをひきずるようにして、屋敷につれていった。

旦那はネムがはげしく泣きじゃくり、ジドがネムにぴったりと体をつけて、うなり声をあげているのをみると、顔をしかめていった。

「ネム、おまえはその犬をつれて、羊小屋にいけ。しばらくそこで寝泊まりをして、空を飛ぶ訓練をするんだ」

父さんも母さんもおどろいて、旦那の顔をみあげた。

   

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