夜中にふと目覚めると、彼が起きていて、こちらを見つめていた。排泄だと思ったので、

「無理して起き上がらなくていいよ。汚してもお布団はいくらでもあるからね」

と話しかけたが、彼はいつもの通りバルコニーですると言って譲らなかった。

何故だかそれは、気高いような毅然とした 態度であり、私は生き物の尊厳という事を感じずにはいられなかった。

彼はサッシュの段差が越えられなくなっていたので、相変わらずウザがられながら、私が抱えて外に出した。よろめきながらも用を足し、段差のところに来ると、

「抱えろ」

と私に要求した。端正な立ち姿だった。

彼を抱き上げて、私は夜空を仰いだ。欠け始めていたが、まだ丸く明るい月が輝いていたのを、私は今でも覚えている。

翌日の早朝、彼は旅立って行った。十三歳だった。

その朝は、梅雨の晴れ間の太陽が緑の樹々に反射する、とても明るい朝だった。窓を開けると、夏本番を待ちきれない蝉時雨がわんわんと鳴り響いた。

窓の外は生命に満ち溢れている。それなのに、彼の体は抜け殻になってしまっていた。その理不尽さが、焦がすように胸を締め付けた。彼が先に逝ってしまうこと、彼とは、いや、どんな相手とさえ、一時邂逅するだけの宿命であることをわかっていたが、身を揉むように私は泣き続けた。

彼を、柔らかなタオルに包み、フードやたくさんのお気に入りのお菓子と共に斎場に連れて行った。よく食べる彼に、寂しい思いをして欲しくなかったのだ。

斎場に向かう車中で、よくしてくれた病院にお礼の電話を入れる。可愛がって下さったスタッフの方は、声を詰まらせていた。彼は人見知りをしたが、一度懐くと、無愛想ながらも、体が離れる時などに、

「行くな」

と手首を軽く引っ掻いて、相手の心をざわめかせたりする。

本当にタチの悪い男前だった。

祭壇に彼をそっと寝かせて、持ってきた好物を横に添えた。こんなにご馳走があるのに、彼は全く反応しない。線香の香りが立ち込めて、彼は本当に彼岸へ行ったのだと感じた。

「さようなら、ルンタローさん。また会おうね」