第二章 変動
「バルタザールはともに育った兄のような者、彼がずっと父を助けてくれるので、私はかえって安心しております」
今の心境からすれば、そうとばかりも思えぬジェロームだったが、そんな本心を他人に吐露する必要もない。通り一遍の受け答えをしておいた。
「それよ! まるで長兄のようではございませぬか。カザルス様を父とも慕えば誰よりも強い忠誠心で仕えておるのでしょうが、ジェローム様に対してはいかがなものでございましょうか。仮にそなた様がプレノワールの跡を継がれたとして、あの者がお父上様に仕えたように助けになるとは限りますまい」
イヨロンドの過去はジェロームとて百も承知だ。何の魂胆があってこのようなことを言うのか、迂闊(うかつ)に乗せられてたまるかと、ジェロームは警戒し、聞き流しを決め込んだ。
もともとが打ち解けてもいない二人の間に、さらに気詰まりな沈黙が生まれ、二頭の馬の規則的な足音だけがその溝を埋めていく。
「今は話し相手もおりませぬのでな、ついつい余計なお喋りをしてしまいましたわ」
イヨロンドは急に寂しげに俯いた。母や乳母に優しいジェロームには、老婦人のこのような表情が一番苦手だ。
少し無愛想にすぎたかと気の毒に思えば、そのせいか、イヨロンドの老いた表情からは噂に聞いた悪女猛女の面影は微塵も感じられなかった。
「身から出た錆と言えば、私の場合はまさにそのとおりでございます。じゃがなあジェローム様よ、身内に顧みられぬのは惨めなものでございますよ。もとはといえば、どこの馬の骨とも知れぬ男を信用して、何もかも言いなりになってしもうた私が愚かじゃったのでございますが、何で息子を差し置いてまで、あんな男を傍に置いてしもうたかと、今は悔やまれてなりませぬ」