真夜中の精霊たち

ゆらゆらとした足取りのなかに確かさを湛えて、歩くというよりは滑るようなその歩調と、尻の下からまっすぐに伸びた脚は、紛れもなく彼の最も親しんできた人達のものだった。父も兄もそんな歩き方をしてそんな脚を持っていたし、叔父だってそんな歩き方をしてそんな脚を持っているのだ。

けれどどこからともなく現れ、まるで彼に用事でもあるかのように、他には見向きもせずまっすぐこちらへ向かってくる男の顔には、見覚えがなかった。

きっと自分が生まれる前に生きていたご先祖様に違いないと思った彼は、男が非礼なほど近づいてきて真ん前に立った時、目を見てお前は誰だと問うような不遜な態度は取らずに、恭しく頭(こうべ)を垂れて先祖を讃える歌をうたった。

だが男は、私はお前のご先祖様ではないと、妙にはっきりした声で彼の歌を遮ったのだった。彼は、何かがいつもと少し違っているような気がして、ちょっと顔を上げ、男の全体を、顔までは見ないようにして窺った。

身なりは、イーグルの羽の髪飾りも、女達が腕によりをかけて縫い付けてくれた刺繍のある腰巻も、モカシンも、間違いなく彼の部族の戦闘用の礼装だった。背中に背負っている弓矢筒に至っては、彼の家族が代々、戦闘服や弓矢筒に縫い付けてきた小さな石のお守りまでついている。

よく観察すればきちんと姿を見せてくれ、彼らの歌う唄までは教えてくれなくても、少なくとも何者であるかを答えてくれる動物や植物とは違い、男の正体は、観察すればするほど捉えにくくなるようだった。

彼はついに我慢できなくなって、失礼かもしれないと憚(はばか)りながらすまなそうに訊いた。

「あなたはどなたですか」